サクラ花火短編集(大)
□【其ノ八】牢獄に飛ぶ鳥
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「その本…孟子…ですか?」
落ちた本を拾い集める杉に、志乃は言った。
「よく御存じですね!!はい、私、孟子が好きで…よく読んでいるんです。」
楽しそうに答える杉に、志乃はうつむき目を伏せながら答えた。
「ここからもう一生出られるかも分からない身だというのに…一体それが何の役に立つと言うのですか…。」
「…。」
当時この萩の獄に入ったものは生きて出られる者は少なく、
囚人たちはみな希望も持てず、生きた屍のような生活を送っていた。
「道は爾きに在り、而るにこれを遠きに求む。」
「え…?」
「孟子の言葉です。自分がすべきことはいつだって身近にある、だが人は皆遠くに答えをみつけようとする。」
「…。」
「確かに私達はここから出られないかもしれない、でもだからといって何もしないでいるよりここで出来る事を見つけましょう?」
そう言ってニッコリ笑う杉に、志乃は驚き黙り込んだ。
ー…バタンッ!!!
「杉、またあの話聞かせてくれよ!!孟子…だったか?」
「杉?杉がまた来てるのか!?俺も話聞きたい!!」
突然わらわらと杉の牢に集まってきたのは、看守やまわりの囚人たちだった。
「はい!!もちろんですとも!!皆でまた講義でもしましょうか。」
「おお〜っ!!」
囚人、看守達と杉のやり取りに一人ポカンとしていた志乃は向かいの囚人に尋ねた。
「こ…これは一体どういうことなんですか…?」
「おう、あんた新入だから知らねえか。杉はな、前に獄に入った時に俺達に色んな講義をしてくれたんだ。最初は誰も聞いちゃあいなかったがな、次第に心を動かされて今じゃこのざまよ。」
「…!!」
「あいつはどんな囚人にでも分け隔てなく誠意を持って話をしてた。あんたもあいつの魅力が今に分かるさ。」
「…。」
楽しそうに皆が目を輝かせて杉の話を聞いている様は、昨日までのほの暗くどこか寂しい獄の雰囲気とはまるで違っていた。
そんな様子をぼんやりと遠巻きに眺めていた志乃に、杉は手をこまねいてニッコリ笑った。
「志乃さんも、早く!!」
「え…?いえ…私は結構でございます…!!」
「志乃さん…。」
一人輪の中に入ろうとしない志乃を気にかけた杉は、思い立ったように皆に言った。
「皆さん、志乃さんは和歌に大変お詳しい才女にございます。私が講義した内容を短歌にしたため、志乃さんに添削していただこうではありませんか!!」
「な…なにを勝手な…私は…!!」
「そりゃいいな、短歌なんぞ風流なもん作ったことねえからぜひ教えて貰いたい!!」
「俺もだ!!いや、俺は短歌出来たぞ!!”出来ぬなら 教えて貰おう 志乃さんに”どうだ!!」
「…ご…五七五は短歌ではなく俳句です!!しかも俳句は季語を入れるものであります!!」
「ええ?どーゆうことだ志乃さん!?」
「あはは!!お前馬鹿だろ!!」
そう言うと、志乃は自然と輪の中に入り、囚人や看守達に短歌の指導を始めた。
その様子を見て、杉は満足そうに笑うと、小さな声で牢越しに志乃に耳打ちした。
「助かりました、志乃さん。」
「…!!」
「よお〜し、私も作りますよ〜!!今日は私の講義はやめにして誰が一番いい短歌作れるか競争しましょう!!審査は志乃さん、お願いします!!」
「いいな〜!!よし、やるか!!」
「あ、また勝手にそんなっっ!!」
「はい始め〜!!」
「あはははは!!!杉、強引やな〜!!」
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