□キミに会いたくなったから
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海外での合宿を終えて、日本に帰ってきた俺がまず思った事は
“休みたい”“ゆっくりしたい”ではなく

“お好み焼きが食べたい”それだけだった。

福岡に来て、かなりお世話になってるビデオカメラ。
だが、只のビデオカメラじゃない。
大阪に居た時に、一緒に暮らしていた大切な人たちのメッセージが入っている。
それをパソコンに繋いで再生する。
黒い画面から、ぱっと明るくなって現れたのは根本さんの顔。
いつも俺を支えてくれた人は、昔から変わらない笑顔で温かい言葉をくれる。
それからは大家さん・笹井さん・中岡家族の田中壮のメンバーがメッセージをくれている。
何回、何十回とこれを見ているが、こんなに心が温まるビデオレターは
この先の人生でこれ以上のものはないと思う。


そして…。


『滝沢さんに頼まれた、お好み焼きの作り方を教えます。』


画面に映し出されるのは、田中壮時代に何かとぶつかった、あかりの姿。
おせっかい焼きでやかましくてすぐ泣いて、でも誰よりもまっすぐで…優しくて。
彼女の言葉や行動に何度助けられただろうか?
何度背中を押してくれただろうか?

そんな彼女に強烈に惹かれたのは、きっと偶然なんかじゃない。運命だ。

画面に映し出されるのは、美味しそうに出来上がっていく尾道のお好み焼き。
鉄板を映しているため彼女の姿はあまり映ってはおらず
声だけでお好み焼きのつくり方の説明をしてくれているのだが
目を閉じれば楽しそうに作っている姿が思い浮かぶ。

鉄板一枚の距離で、ずっと彼女の姿を見ていたのだ。
大家さんや客と楽しそうにお好み焼きを焼いている彼女の姿を見るのは本当に好きだった。

否、今も好きだ。

だからあの時、彼女を福岡に連れて行く事に諦めがついたのだ。
あのひまわりのような笑顔を悲しみでいっぱいにしたくなかったから。


「よしっ…。」


画面を一時停止にして、スクッと立ち上がり台所へと向かう。
冷蔵庫を開け、中からキャベツ・豚バラ・卵・イカ天・砂ずりなど出していく。
あまりうまくは作れないが、尾道のお好み焼きを作ろうと思う。





「やっぱほんまもんには敵わんな。」


自分で作ったちょっと不格好なお好み焼きを頬張りながら
一時停止していたパソコンの画面を再生する。

再び映し出されるのは、お好み焼きの作り方なんかじゃない
彼女の…あかりの本当のメッセージで。


『…滝沢さん、ありがと。大丈夫よ。どこに行っても。』


にっこりと微笑んで消えたあかりの姿。
今ここから5百キロ離れた大阪の地で、変わらない笑顔で店を続けているのだろう。


「さてっ、と…。」


尾道風お好み焼きを腹に入れ、満腹感が得られたところで
俺はタンスからボストンバックを引っ張り出す。
合宿で使っていた大きめのボストンバックよりは少し小さめの黒いバックに
少量の荷物を次々と詰めていく。


運の良い事に明日から3日間の休日。
それを有効活用しないわけにはいかないだろう。

机の上で広げていた雑誌を手に取り、それもバックに詰め込む。


「“大阪の隠れた名店、お食事処・田中壮&おのみっちゃん”…か、えらい有名になったもんや。」


全国的にも有名なグルメ雑誌には、まさかの大家さんとあかりが写っている。
その顔は緊張からか、かなりぎこちない顔で笑っている二人を見て、吹き出したのは言うまでもない。


「はよ、会いたいなぁ…。」


帰る場所を作ってくれた彼女に。
あの笑顔に。





(キミに会いに行こう。)





*最終回後の話。
あの終わり方は色々と妄想ができるから素敵っ!

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