□恋に駆け引きは必須でしょ?
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「おい。」
「………。」
「おいって。」
「……………。」
「無視かよ、この腐れマウンテンゴリラ女。」
「誰が腐れマウンテンゴリラ女だコラぁあああああッ!」


誰もいない公園のベンチにて
私は今日も、目の前にいる男と出会った。
奴は確か真選組の一番隊長と聞いていたが、真面目に仕事をしている姿はあまり見たことない。
それどころか、定春の散歩に寄る公園に行けば奴は必ず居る。
私のお気に入りのベンチにふんぞり返って、何をする訳でもなくボーっとしているのだ。
ホント良い身分だな、この税金ドロボー。


「おー怖ぇ、猛獣のごとく吠えやがって。」
「誰のせいだと……って、もういいアル。何か用アルか?無いならもう行くネ。」


そう言って、くるりと踵を返しその場を立ち去ろうとすると
突然、後ろからぎゅっと力強く抱きしめられる。
誰が抱きしめているなんて、もうわかりきった事なのに…心臓がものすごい速さで脈打つ。それはもう痛いくらいに。
ジミーが洗濯でもしているのだろう、隊服から柔軟剤のいい匂いが香る。


「なっ…にするアルか!離せヨ!!」
「嫌でィ。」
「はっ…?!」
「昨日の返事聞くまで、絶対離してやんねェ。」


ワザと耳元でそう囁かれ、顔が一気に熱をもつ。
あつい、アツイ、熱い。
このままだとドロドロに溶けてしまうんじゃないかと思えるくらい、熱い。


「俺、昨日言ったよなァ?お前が好…。」
「だぁああああああっ!言うなぁあああぁあぁっ!!!」


そう、昨日の夕方の事である。
私はこの男に、世間で言う“告白”というものをされた。
いつもの通り大喧嘩して、罵り合って、さぁ帰ろうかって時に…。



『チャイナ。俺、お前が好きだ。』



ムードも何もないシンプルな告白だった。
声色がいつもの悪口をいう時と全然変わらなかったので、冗談言ってからかっているのだろう?と思ったが
奴の顔は、真剣そのものだった。
普段のあの気の抜けたような感じではない、じっと私をまっすぐに見ている。


その表情に、冗談じゃない事がすぐわかった。


だが、今まで予測などした事がない状況に陥った為、私の頭の中は一気に真っ白になる。
だってそんな今まで、私を好きだという言動なんて無かったじゃないか。
会えば睨むし、口を開けば私の悪口ばかりだし、喧嘩だって遠慮のえの字もなかった。
それなのに“好きだ。”なんておかしい。


とりあえず大混乱大パニック状態の私は、奴に一発食らわせて逃げ出した。
そこからの記憶は…実はあまりない。
どうやって万事屋に帰ったのか、銀ちゃんや新八と何を話したのか?
気が付けば自分の寝床である、押し入れに入って朝を迎えていた。


そしていつものように定春の散歩に出て………今のような状況に至る。


「昨日は逃げられたけど、今日は逃がさねェ。…お前だって今日ここに来たのはそのつもりだったんだろィ?」
「っ…!」
「なぁ、聞かせてくれよ…神楽。」


卑怯だ。コイツは本当に卑怯だ。
普段は“チャイナ”とかしか言わないのに、こんな時に限って名前を言うなんて。
ムカつくムカつくムカつく!!


「へ、返事をすれば…離してくれるアルかっ?!」
「あぁ離してやるよ。まぁ返答によっちゃあ、それ以上もするかもだが…。」
「変態っ!!」
「まぁそう照れんなよ。」
「病院に行けっっ!!」


ぎゃーぎゃーと暴れれば暴れるほど、奴の抱きしめる力は強くなる。
熱い吐息が首にかかって…あぁっ!もう心臓が口から飛び出しそうだ。
一刻も早くこの恥ずかしい状況を打破しなければ、きっと私は死んでしまう。
そう思って、私は口から大きく息を吸い込み、公園に響くほどの大音量で言ってやった。





「お前なんて嫌いアルッ!!!」





し…んっと辺りは静かになった。
公園はもともと私たち(+定春)しか居なかったから、誰かの話し声等は無かったが
連れてきた定春は少し離れたところでスヤスヤと寝ているし、さっきまで五月蠅いくらいに鳴いていたカラスはいつの間にかいなくなっていたのだ。

私を抱きしめていた奴も、軽口を叩いていたが今は黙っている。

そりゃそうか、だって私が『嫌い』って言ったから。



「そうか。」



パッと奴は簡単に私を離してくれた。
顔を見ると、傷ついたとかショックを受けている風には全然見えない。

奴は私をじっと見つめたかと思うと、小さく…本当に小さく「悪かった。」と謝った。
その謝罪は『抱きしめて悪かった』なのか、『変なこと言って悪かった』なのか…
今の私には聞く勇気などない。

それからくるっと私に背を向けて歩き出したその背中はどことなく寂しげで
それにほんのちょっと罪悪感を抱きながら、私も定春を起こして奴とは正反対の公園の入り口に向かって歩き出す。


一歩。

二歩。

三歩。


ちらっと後ろを見ると、奴は公園から出ていくところで…
私はバッと定春に跨って、すぅっと息を吸い込んだ後、奴に向かって大声で叫ぶ。





「私はお前なんて嫌いアル!だって気が付けばいつもお前の事考えているし、考えれば考えるほど胸が苦しくなるし…すぐにでも会いに行きたくなってしまうからナ!!」




だから嫌いアル!と叫んだ後、奴の顔を見る間もなく、定春に全力で走ってもらった。
これぞ“言い逃げ”ってヤツだ。
きっと今頃、奴は馬鹿みたいに呆けた顔をして突っ立っているに違いない。
そしてその後、全力で私を追いかけに来るのだろう。



いつもお前の言動に振り回されているんだ、たまには私もお前を振り回したっていいダロ?



そんなことを思いながら、私は笑った。





***



嫌いだなんて、嘘だヨ。

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