□これで終わりになんかできないから
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+患者×患者


清潔感溢れる白い天井に、パリッとしたシーツと布団。
窓から見える中庭では小さな子供たちが楽しそうに笑いながら遊んでいる。


そんな中、俺はというと…。



「暇。」



右足をギブスでガッチリ固定され、静かに病室のベットに沈んでいた。



***



俺がこんな状態になったのは、つい昨日の事。
いつものように憎い土方を抹殺しようと仕掛けたのだが
あまりにも勢いが良すぎて失敗し、見事高校の階段から落ちて右足をボキリと折ってしまったのだ。
医者の診断で約一週間ほど入院することになったのだが…まぁ暇でしょうがない。
4人の相部屋なのだが、今現在この部屋を使用しているのは俺の他に2人。どちらもご年配の方だ。
本来であればこうして病院で入院しているのは土方だったかもしれないのに、と思うともう腹が立って腹が立って仕方ない。
今度もし見舞いに来たならば、とびっきりの怖い話でもしてビビらせてやる。


「あ、総一郎くーん。調子どぉ?」
「…先生、総悟です。」


ペタペタとスリッパを鳴らしながら、ダルそうに病室に入ってきたのは俺の担当医である坂田銀時。
死んだような目と見事な銀髪が印象的なこの医者は、見た目に反してけっこうな腕前らしい。とてもそういう風には見えないが。
そんな先生は、俺のベットの近くに置いてあった椅子に腰かけ、懐からレロレロキャンディを取り出し舐め始めた。
あれ?これって普通、回診するんじゃね?なんで普通に飴食べて寛いでるんだ?つーかこれってサボってるだけじゃね?


「そうそう。総一郎君にね、お知らせがあるんだよ。」
「だから総悟です。」
「今日ねこの部屋に新しい仲間が加わるから、色々とよろしく頼むわ総一郎君。」
「総悟だって…もういいです。つか、患者一人加わるんですかィ?へー、また俺より年上のマダムですかィ?それとも先生とは程遠いダンディな紳士?」
「さりげなく先生の事、けなしたよね?まぁいいや、なんでも今度は未成年らしいわ。午後にはくるから楽しみにしてなさい。」


じゃあ、それだけだからー。と先生はダルそうに椅子から立ち上がり、来た時と同じようにスリッパをペタペタと鳴らしながら病室を出ていった。
つーか回診は?



それからあまり味気のない病院食を食べ、時刻は13時。
お腹も満たされ、温かい陽だまりにウトウトしてた時の事だった。


「じゃあ、今日からここを使ってね。色々と困ったことがあれば遠慮なくナースコール押してください。」


なんだか、隣がごそごそと騒がしい。
カーテンを閉めていたので隣の様子は見えないのだが、看護婦と誰かの話し声が耳について眠れない。
その事に少しイライラしつつ、そういえば今日あのダメ医者が“新しい患者が入ってくる。”とか言っていたなと思い出す。
そっと聞き耳を立てると、声のキーが高いので女であると判明した。


(うげェ…女かよ。)


俺はどうも女という生き物が苦手だ。
口を開けば、わーわーと喧しいし化け物みたいに化粧が濃い。
むしろ女というのは自分の姉のような人の事を言って、その他はただの雌豚と俺は思っている。
そんな奴と約一週間隣だなんて…俺はとことんツイてないらしい。
げんなりとしていると、隣を遮断していたカーテンの隙間から看護婦がひょこっと顔を出してきた。


「沖田さん。ちょっといい?新しく入ってきた患者さんを紹介したいのだけれど。」
「あー…どうぞ。」


ここで「嫌だ。」と言えればどんなに楽だろうか?
しかしそうもいかず、結局は承諾してカーテンをシャッと開けられ新しい住人と顔合わせしなければならなくなった。
まぁ、学校の奴らと同じようにウザったらしい女であれば、どこか逃げ場所を見つけてそこに居ればいいか…。
そんな事を思いつつ、隣の奴を見てみると…。



「神楽アル。よろしくナ。」



それは姉さんのような“女”でもなく、学校の奴らのような“ウザい連中”でもない
屈託のない笑顔をした一人の“少女”であった。



***



神楽と名乗った少女は、歳はなんと俺と同じ歳。(最初小学生か中学生かと思ったのは内緒だ。)
なんでも散歩中に車にはねられて左足をゴキッ!といったらしく、それでこうして入院する形になってしまったらしい。
可愛らしい外見とは裏腹に、コイツはとにかくぶっ飛んだ奴だった。
口を開けば俺といい勝負の毒舌全開、細っこい体をしているのにガツガツと飯を平らげる底なしの胃袋。
変なアルアル口調だし、日本では珍しいド派手なピンク頭と透ける様な白い肌。
澄んだ青い瞳はいつもキョロキョロとせわしなく動いている。
そんな少女を俺は“チャイナ”というあだ名をつけたところから、初日早々喧嘩を繰り広げ
二人して銀髪天然パーマにげんこつを喰らったのはまだ記憶に新しい。


「チャイナ―。」
「なんダヨ、サド。」
「今日はどうする?」
「あのモジャパーの机の引き出しに大量のお菓子が隠されている事が昨日明らかになったネ。それを全部いただくってのはどうヨ?」
「さーんせー。」


初日に喧嘩した俺たちだが、話をしてみると意外と気の合うことが判明した。
だもんで、こうして退屈しのぎに二人で悪戯を仕掛けるのが日課となっていた。
あ、ちなみに“サド”というのは俺のあだ名だ。

鼻歌交じりで、松葉杖をつきながら病室を出ていくチャイナに俺も続く。
楽しそうな横顔をちらりと見つつ、俺はそっとため息をつく。
こうしてコイツの隣を歩けるのは、考えてみればあと少しなんだよなぁ…。

一緒に悪態ついて喧嘩したり、先生をイジくり倒したり、バカみたいな事を話して笑い転げたり
チャイナが俺の隣に来て、本当に毎日が充実している。

最初ここに来たときは、早く元の生活に戻りたいと思ってばかりだったのに
…今はもう少しここに居たい。

なぁチャイナ。お前は俺の事ただのムカつくヤツだと思っているだろうけど
俺はお前の事、嫌いじゃねェんだ。
そればかりか、お前が俺の隣にずっと居てくれれば…とさえ思っている。

今まで女は皆、姉さん以外ウザい奴だと思っていた俺だから、こういうのってどうなのかわかんねぇけど…


俺、多分チャイナが好きだ。


「…まさかこんな奴に惚れるなんざねェ。」
「あ?何か言ったアルか?」
「なんも言ってねーよ。それよか早くいかねェとダメ医者が診察から戻ってくっぞ。」


松葉杖で軽くつつきあいながら俺たちは、病院の廊下を進んでいく。
チャイナに対する気持ちは今はまだ言わない。
言ったら絶対、ぎくしゃくすっからなァ。



退院まであと少し。



***



そしてついに来た退院の日。
こういう時こそ、日が経つのって早く感じる気がする。
綺麗に荷物を片付け、俺はお世話になった先生や同じ病室のご年配方に挨拶をして
迎えに来た姉さんや近藤さん、あと出来れば一生会いたくなかった土方と共に病院の出入り口へと足を進める。


「そーちゃん、どうしたの?キョロキョロして、何かあったの?」
「あ、いえ姉上。何でもないです。」


俺がご年配方に挨拶をしている最中に、気が付いたらチャイナは居なかった。
時間が許すギリギリまで探し回ったのだが、アイツはどこにも居なかった。
それに、少し…いやかなり機嫌が悪くなりながらも、俺は歩き続ける。


(なんでィ、チャイナのバーカ。)


告白は…姉さん達が居る前では流石に出来ないが、別れの挨拶くらいさせてくれてもよかっただろう。
白い廊下を進みつつ、俺はピンク頭を探す。がやはり居ない。


「やーっと退院か、寂しくなるなぁ先生は。」
「先生、棒読みで全く心がこもってませんぜィ。」


あいかわらずの天然パーマと死んだような目をした先生は「もう戻ってくなよ。」と最後は笑顔で見送ってくれた。
まぁ、まだリハビリでこの病院にはお世話になるのだが、そこは気にしてはいけないのだろう。
花束を看護婦さんから貰って、俺は見送ってくれる他の先生や看護婦さんに深く礼をした。
そして、少し後ろ髪をひかれつつもタクシーに乗り込もうとした、その時だった。



「待つアル!!」



ガッガッ!とものすごいスピードと音を奏でながら俺を呼び止めたのは、探していたピンク頭。
結構な距離をこのスピードで駆けてきたのだろうか?髪は少し乱れているし、額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
チャイナは先生たちを押しのけ、俺の前で肩で息をしながらやっと止まる。


「チャイ…。」
「これっ!!」


俺の言葉を遮り「んっ!」と差し出されたのは、一枚の白い紙で。
突然の事で戸惑いつつも、その紙を受け取ると
そこには電話番号とアドレスが書いてあって…驚いてチャイナを見ると、チャイナは少し顔を赤くしながら叫んだ。



「お前との喧嘩まだ決着ついてないネ!今度はお互い、調子バリバリの時に決着をつけるアル!!」



それだけを言うと、奴はまだガッガッ!と松葉杖を鳴らして風のように去って行った。
去っていくとき耳まで赤かったのは、きっと見間違いなんかじゃない。





「上等でィ、クソチャイナ。首洗って待ってろィ。」





どうしようもなく緩む頬を抑えることが出来ず、俺は大声で笑った。
次に会う時は、全部決着つけてやらァ。





喧嘩もこの気持ちも。





***



一か月後、学校にて。

「…チャイナの奴も足治ったってメール来たし、そろそろだなァ。」
「おーい、お前ら席に着け。今日は転校生を紹介する。」


「中国からきた神楽アル。よろし…ってサドッ?!」
「チャイナッ?!」

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