□忘れられない人
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暖かな春から、日差しが強くなる暑い夏の間。
生暖かい空気に包まれて、ぽつりぽつりと雨が降りそそぐ梅雨の時期がやってきた。

町行く人は皆、傘をさして四方八方に歩いていく。

そんな中、俺は傘をささずにただボーっと人の波を見ていた。


「……。」


探している紫の番傘は見当たらない。
それもそうだ。だってあの兎はもう、随分前にこの地球を飛び出していったのだから。


「…チャイナ。」


早いものだと思う。
あのアホが居なくなって、2年も経つ。
俺はまだ一番隊隊長で、あのくそったれ土方は相変わらずマヨとニコ中毒…ついでに副長。
近藤さんもストーカーに精を出し、旦那は変わらない死んだ目でフラフラしてるし
山崎と新八君は地味一色だ。

今年で俺は二十歳になる。
最近は松平のとっつぁんなどに見合い話をよく持ってこられるようになってきた。
…見合いとか、普通俺より先に近藤さんや土方コノヤローの方をどうにかしないといけないのではないのか?と思うのだが
なんでも、あの二人は望みが無いに等しいらしく、それならまだ希望がある俺の方を先に身を固めらせようという考えらしい。物凄く迷惑な話だがな。


「本当…迷惑でィ。」


とっつぁんも近藤さんも土方も…あの馬鹿も。

姿を見なくなって2年。
声も聞かなくなって2年。

それなのに、アイツは…チャイナは俺の中から消えない。

くるくる変わる表情。
毒舌を交えて叫ぶ喧しい声。
受けた刀から伝わる闘志。
白い肌、青い目、ピンクの髪。

全て、全て忘れることが出来ない。

このままじゃいけないと思い、何度も忘れようとした。
見合いだって何度か受けた。

だけど、何をしても
どんなに綺麗な女を前にしても

脳内に思い浮かぶのは、ただ一人の女。


『こんんのぉぉおおっ!クソサドが!歯ァ食いしばれヨ!!』
『プププ、何アルか?その間抜け面。』
『…泣いてないアル。目から汗が出てきただけヨ。』
『サド―ッ!またナ!!』


大口開けて笑い、幸せそうに飯を食い
人前で決して弱さを見せようとせず、たくましく前だけを見てる女。

忘れられない。忘れることなど出来るものか。

本当はあの時から、ずっと好きだった。
なのにアイツは俺が気持ちを伝える前に、宇宙へと飛び立った。
もし2年前に自分の気持ちをちゃんと伝えることが出来ていれば
きっとこんなモヤモヤした気持ちで毎日を過ごす事などなかったのに。


…今更後悔しても、もう遅いけどな。


アイツはきっともうここには戻ってこない。
戻ってきたとしても、チャイナは真っ先に旦那の所に行くだろう。


どちらにしても俺のこの恋は、実らない。


誰だったかな?“初恋は実らない”という言葉を誰かが言っていた気がする。
まさしくその通りだバカヤロー。



「馬鹿チャイナ…気持ちくらい伝えさせてくれてもよかっただろーが。」
「誰が馬鹿アルか。」


ポタポタと空から降りそそぐ、雨がふいに止んだ。
それと同時に聞こえるのは、2年前と変わらないソプラノの声。
驚いて顔をあげれば、そこにはずっと探していた紫の番傘を自分へと差し出す…チャイナの姿。


「な…んで?」
「さっき帰ってきたアル。真撰組へ一応、挨拶をしに行く途中に傘を差してない馬鹿が見えたからこうして話しかけたまでヨ。」


姿は恐ろしいくらい綺麗に変貌していても、毒舌は相変わらずだ。
2年前の俺なら、確実に悪態をついて喧嘩を始めているだろうが…今はそれどころではない。

相変わらず白くて細い手を思いっきり掴んで、自分へと引き寄せる。
女性特有の柔らかい感触と、甘い匂いが俺を支配する。
ぽっかり空いた何かが満たされていく、不思議な感覚がして…なぜだか少し泣きそうになった。


「サド…はなっ。」
「好きだっ!」


チャイナの声を遮って、俺は叫ぶ。
一度溢れ出した、想いが止まらない。

好きだ。好きだ好きだ好きだ。

どんなに言ったって、叫んだって足りないくらい俺はコイツが好きだ。


通り過ぎていく奴らがいくら見ていようが
周りの奴らが囃し立てようが関係ない。





今はただ、俺の2年分の想いをコイツにぶつけるだけだ。





(もう俺ァ逃げねェ。だからお前も逃げんなよ?)





そう思いながら、俺は更に抱きしめる力を強くした。





***



言葉は無いが、背中に回された手の意味は“俺を好きだ”という事でよろしいですかィ?
……察しろヨ、バーカ。

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