□開いた口を塞ぎたい者
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出会いはそう、5年前。
澄んだ瞳に、自分が映った瞬間から


恋に落ちていたんだ。



***



「いやー、今日もすごいね。王子様!」


学校が終わり、校門に向かって歩いていれば
ふいに隣から聞こえてくるは、もう随分と聞きなれた声。
隣に視線を向ければ、鮮やかなピンクに白い肌、アイツと同じ青色の瞳が俺を映す。


「……神威。」
「おっと、そんなに睨まないでよ。怖い怖い。」


けらけらと笑うのは、俺の中学の同級生である神威。……チャイナの兄貴。
「お」と「か」で出席番号が前後だった俺たちは
一度拳を交えてからというもの“親友”という関係で今まで過ごしてきた。
今は高校は違えども、こうして放課後毎回のようにつるんでいる。


「というか聞いたよー、噂。」


“噂”。

神威の言う、その単語に俺はピクリと反応した。
ここ最近、この単語のせいでうんざりする日常をおくっているからな。
自然と眉間にグググッと皺が寄るが、神威は知ってか知らずか…いや間違いなく前者だろうが
そんな事おかまいなしに話を続ける。


「“総悟と神楽が付き合ってる”ってさ。聞いた時には、俺もう吃驚しちゃっ…ププッ!」
「絶対、吃驚してねェだろ。思いっきり笑ったんだろうが。」
「だ、だってへタレ総悟が神楽に告白なんて、ぜ、絶対無理…アハハハハハハッ!!!」
「神威ぃぃいいいぃい!!」


腹を抱えて笑う神威を、道行く奴らは『何事だ?』と足を止めて見ている。
それに居た堪れなくなった俺は、今だに笑っている神威の首根っこを摑まえて、近くの公園に逃げこんだ。
夕方の公園には餓鬼共が遊んでいたが、そんな事はお構いなしに二人で近くのベンチに腰かける。


「ぶっ…くくくっ!」
「…おい、テメェいい加減にしろよ。」
「ごめんごめん!あー、よく笑った。」


笑いすぎて出た少量の涙を拭いながら神威はこちらへと視線を向ける。
その眼は、どこか生き生きと輝いていて……俺の背中はゾクリとした。
あーもう、これ完全にからかう気満々じゃねェか。やべー、テンションがだだ下がり。どうしよう超逃げてェ。逃げていい?これ逃げていい?


「あ、いけっね。ドラマの再放送録画するの忘れてた。」
「逃げようったってそうはいかないよ総悟。それにそのドラマならこの前、総悟の家で全DVD揃ってたの俺見たし。」
「…どんだけ目敏いんだよテメェは。」
「エロ本無いかチェックしただけだよ。」
「お前は俺の彼女かっ!」
「えー、もし俺が女だったら総悟みたいなヘタレた男は嫌だなー。」
「俺だってお前みたいな鬼畜は嫌でィ。」


『えー、ひどいなぁ。』といつもと変わらないニコニコ顔で言う神威から、俺は目を逸らす。
コイツが女であったら…など想像もしたくない。つーか、したらもう俺は即寝込む。うげ、気持ちわりィ。
だいたい俺はもう心に決めた奴がいるわけであって…………。


「総悟は、神楽じゃないと嫌だもんねー。」
「っ?!」


ニヤニヤとしながらの神威の言葉に、体中の熱が一気に上昇した。
恐らく今の俺の顔は真っ赤であることは間違いない。
口から『何馬鹿なこと言ってんだ。』や『寝言は寝て言え。』などの言葉を言ってやりたいのに、あまりの動揺で何も言えない。
そんな俺を見て神威は再び、げらげら笑いだすし…あーもう、ドSな俺カムバック!グッバイ、へタレな俺!


「本当に総悟は神楽の事、好きだよねー。」
「………うるせェ、黙れ。」
「ぶふっ!み、耳まで真っ赤…あはははははっ!!」
「ねぇお願い、本当に黙って。300円あげるから。」


真っ赤な顔を神威に見られたくなくて、両手で顔を隠してみても
耳まで真っ赤な為、それは全然意味が無かった。
むしろ余計に神威の笑いのツボに入ってしまったらしく、俺の隣で神威はずっと笑い転げている。
ちくしょー!マジムカつく!完全にからかいモードONじゃねぇかコイツ!
何か反論してやりたいのに…如何せん、神威の言葉は事実である為に俺はただ黙って顔を赤くしているしかなかった。



そうだ、俺はチャイナもとい神楽の事が好きだ。



神威と知り合って、初めてコイツの家に行った時に、俺のハートにザックリと矢が刺さった。
それまで女なんてミジンコくらいに興味が湧かなかったのに、神楽を一目見た瞬間にコロッとおちてしまったんだから、人生本当何があるかわからない。(神威には即バレた。)
歳が離れているし、神威を通してじゃないと全然関わりがないので、少しでも話がしたい俺は、この5年間、神楽を見かけたら事あるごとにちょっかいをかけてきた。
自分でも小学生みたいなやり方だってわかっている。…でも、俺にはこれしか出来なかった。だって今までこんな感情知らなかったから。
その甲斐あってか、神楽の中での俺は見事、嫌な奴のトップに君臨しているらしい。(本人談。)
…………あ、ガラスの心にヒビが入った。ヤベ、泣きそう。


「何赤くなったり、青くなったりしてんの?気持ち悪いよ、総悟。」
「ほっとけ。」
「つーかさ、いつまで“好きな子をいじめちゃう”作戦続けんの?」
「それ作戦じゃねェし。」
「高校も卒業するし、いい加減ケジメつけたら?大学までそれ引きずるつもり?」
「………それは。」


正直、痛いところを突かれた。
ここ最近俺がずっと悩んでいる事。


“この関係に終止符をつける”


このままじゃ駄目だって事はわかってはいる。それは十分すぎるほどに。
でも行動には、起こせなかった。
アイツを目の前にすると、思っている事と正反対の言葉ばかりが出てしまう。
本当は、誰よりも可愛くて愛おしくて…人前なんか気にせず抱きしめてしまいたいと思っているのに。
つーかアイツがいちいち反応可愛いのがいけねェんだ。
リスみたいに頬を膨らませて、プリプリ怒るんだぜ?マジで可愛すぎだろ。…あれ?なんか話ズレてね?


「噂聞いた時は、ついにやったか?って少しは思ったんだけどなー。」
「あれは…。」
「まぁ、どーせ噂の真相は、しつこい女達に詰め寄られて苦し紛れに“付き合ってる。”って言ったんだろうけどさ。」
「……名探偵。」


ガックリと肩を落として、声も…なんか生気が全く無くなったくらいの声量で、そう呟く。
チャイナとのあの噂の誕生秘話は、今神威が言った推測で100点満点だからだ。
少し前の放課後、人が帰ろうとしていた時に5人か6人くらいの女に囲まれ、全員から告白を受けた。
適当に断って早く家に帰ろうとした俺だったが、あまりにも女達が引き下がらない為、だんだんイライラしてきて…



『俺、チャイナと付き合ってるから。』



と気が付いた時には、そう言ってしまっていた。
これには聞いた女達はポカーンとアホ面をして固まっていたが、あの時実は一番アホ面をしていたのは俺かもしれない。

言ってしまった手前、その言葉は取り消しなんか出来なくて
あっという間に広がった噂のせいで、ここんところ地獄の日々が続いている。

唯一の救いは、チャイナの耳に噂がはいっていなかったことだろうか?
もし入っていたのならば、今日の昼休みのようなやり取りは出来ていないだろう。
アイツだったら聞いた瞬間、間違いなく俺を殺しに来るだろうし。


…まぁ、あと少しもすればきっとアイツの耳にも入ってしまうだろう。


つーか、今まで入らなかったことに奇跡を感じずにはいられない。
なんで違う高校である神威の耳まで噂は入ってんのに、当の本人は入ってないんだ?あ、いや入ってなくて俺としては万々歳なんだがな。


「それは俺が『神楽に言ったら殺しちゃうぞ。』って触れ回ったからじゃない?」
「お前、人の心を勝手に読むんじゃねェやぃ。つか、おい!触れ回ったって…えっ?何?どういう事?!」
「落ち着いて総悟。さっきから心の声がだだ漏れだよ。」
「なっ…?!」
「それに俺が周りにそう触れ回ったのは、他でもない……ズバリ面白そうだったから!」
「やっぱりねっ!」


少しでも俺の為を思って…とか思った俺が馬鹿でしたっ!!
コイツに限ってそんな事、世界が滅んでも無いわな。うん。
この悪魔に人の優しさなんて備わっている訳がねェんだ。


「だからさっきから心の声が聞こえてんだって。何?ワザとなの?」
「あー…もうどうすりゃいいんでィ。」
「うわっムカつく、スルーしたよこの人。殺しちゃうぞ。」


まだ横で何か物騒な事を言っている神威をシャットダウンして(要は完全無視。)
俺はこの先の事を1人悩むのであった…。





願わくば、神楽の耳に噂が入ることなく場が沈静化してくれますように。





…そう強く願った数時間後、その願いはチャイナが俺の家に乗り込んできたことによってゴナゴナに打ち砕かれるなど、この時の俺には知る由もなかった。





***



俺的にはまだ神楽関係で総悟をからかいたいから、後数年は告白やめといてね。
お前って本当に悪魔っっっ!!!!

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