□きっとこれからも
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この町に来て、どれくらい経っただろう?
少なくとも一年以上は居る。これは間違いない。
暑いこの季節が今年もやってきて
カッチリと着たYシャツが汗のせいで体にはりつき、大変気持ち悪い。
それなのに隣に居る、仕事仲間のモールは黒いタートルネックに身を包んでいるのにも関わらず
汗一つかいてないって……どういうことですか?

ミンミンミンミンミンと蝉が鳴いている。
一週間という短い期間しか生きれない彼らは腹の底から声を出して精一杯鳴くのだ。
そう考えるとなんだか可哀想に思えてくるが…非常に面目ない、五月蝿くて少し鬱陶しい。

キツく締めたネクタイを少し緩めて、持っていた手帳で扇いでみると微風が生まれた。
全く涼しくないが、何もしないでいるよりかはマシだろう?


「スプレンディドさん。」
「んー?どうしたのだモール…。」


バタバタバタと手帳で思いっきり扇ぎながら、モールの呼びかけに反応する。
その間にも全身から滝のように汗が出ている。
あぁ暑い暑い暑い暑い!!


「今日はどんな記事を書きましょうかね?」
「昨日は何を書いて掲載したんだっけ?」
「昨日はカドルス君達がスイカ割りをしたから、その事を今日載せましたね。」
「…一昨日は?」
「ポップさんのところのカブ君が歩けるようになったから、その事を。」
「…実に平和だねぇ。毎度の事ながら。」


ふぅっと溜息をついて近くの自動販売機から缶コーヒーを二本購入する。
その内の一本ほどをモールに渡して、私は一気に飲み干した。
冷たいコーヒーの苦くて深い味が喉を心地よく刺激する。
あぁ気持ち、少しばかり生き返ったよ…。
だけども後一分もしない内にこの爽快感は元に戻るのだろうねぇ。


「平和が一番ですよ。私はこの町が大好きです。」
「まぁ、確かにのどかでいい事だ。」
「スプレンディドさんは、前に住んでいた所の方がお好きですか?」
「えっ?」
「いえ、ちょっと気になって。深い意味など全然無いのでお気になさらず。」


目の見えないモールは、器用に缶のプルトップを開け
コクリと缶コーヒーを口に入れて「コーヒーですか。美味しいです。」と小さく笑う。
そんな彼を見ながら私は前の町の事を思い出していた。

私が前に住んでいた所は結構な都会で、便利の塊だったと思う。
行こうと思えばどこでも行ける。
欲しいものや流行など常に先取り。
生活をしていて、全く不便と感じたことが無かった。
考えてみたら、生活面ではとても良かったよ。うん。

だけど都会ゆえに人が多く集まるので…まぁ仕方ないことだとは思うけれど
毎日のように事件や事故が起こり、一日中走り回っては写真を撮って記事を書き…。
忙しいのは嫌いじゃなかった。むしろ好きだった。
だけど一番辛かったのは、事故現場の悲惨な光景を見なければならない事で。
被害者の亡骸や血の海、それに泣き叫ぶ遺族の顔を伝える側はちゃんと見て
新聞に事実を書いて読者に伝えなければならない。
グロテスク系が一般の方よりも物凄く苦手だった私は、すぐに限界が来た。
せっかく入った会社だけど、続けられる自身がこれっぽちも無くなった私は会社を辞め
友人の薦めで、逃げるようにしてこの町にやって来た。

だが、今現在の私の職業は…前と変わらず新聞記者だ。
辞めた筈の私がなんでまた新聞記者として働いているかだって?

“働かざる者食うべからず”っていうだろう?

正直、他の職業の方が良かったんだけど…『経験があるなら是非!』と言われ、断りに断れずで……結局は今に至るのだ。


「モール。さっきの質問の答えだけど、前に住んでいた所は勿論好きだよ。色々と便利だったしね。」
「そうですか。」
「だけど。」


ふいに聞えたのは、子供達の笑い声。
それにすかさず、首から提げていたカメラをそっと構えて私はカメラのシャッターに指をおく。
カメラの先には、楽しそうに遊んでいるカドルス君達。
皆の表情はどれも幸せそうで、見てるこっちまで微笑んでしまうほどだ。


『スプレンディドさんは、前に住んでいた所の方がお好きですか?』


先ほどのモールの言葉が頭の中で、もう一度私に問いかけてくる。
確かにこの町は、前と比べるまでもなく不便だ。生活面ではとても悪い。

だけどここには、私の求めていた“安息”がある。
グロテスクな出来事など全く起こらない、平和な所。

私が働いている新聞社だって、この町の出来事を掲載する地域密着系が主の所なので
他の地域の様子や出来事などの新聞はあまり携わっていない(都心よりFAXやメールで送られてくるのを印刷するだけなのだ)

それに、彼等の笑顔を捉えてシャッターを押す瞬間、いつも思うんだ。

私は今“幸せ”なんだって。
住みにくくても“ここに居たい”って。



だから私は…………。



「この町の方が何倍も好きだよ。」



そう言って私はカメラのシャッターを押した。



パシャリ。



真夏の炎天下の中、シャッターの乾いた音が辺りに響く。
さぁ、明日の記事も幸せいっぱい。



この幸せは変わることなく続いていくんだろうね。




◆◇◆◇



翌日。
ねぇ、スプレンディドー。
どうしたのだね、カドルス君。
前から気になっていたんだけど、どうしてフレイキーばっかり写真で載るの?
えっ?
僕達もちゃんと載せてよー。


無意識に彼女ばかり撮っていたようです。

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