神文

□愛されているような気がした
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帽子をかぶった頭のてっぺんがじりじり焼けついて、汗が髪の隙間に滲みでた。
ぬめるように入った木の影は直射日光を避けてくれる。濃密な陰影はそれだけで頭をさえざえとさせた。
急に吹いた風がじめりとした汗を乾かして、一瞬悪寒がするほどの涼しさを感じた。


暑い日だ
蝉が朗々と、求愛の歌を歌っている。


ぱさりと傍らで柔らかい草が揺れた。


「軍人さん」

「フレイキー」

「アイス、買ってきたんです。一緒に食べましょう」


スーパーの袋をほらと掲げ、僕の隣に腰掛けた赤毛の少女はにこっと笑った。
僕は少し顔が、暑さ以外が原因で火照った。


「僕、のために、買ってきてくれたの」

「うん。軍人さん、よくここにいるから」


バニラチョコチップが好きだよねえとがさがさと袋に手を突っ込んで、フレイキーははいとカップのアイスと木製のあの平たいスプーンを手渡した。
ひんやりとした感触。
袋の中には他にもいくつかアイスが入っているようで、年下の恋人にお金を使わせてしまったのかと思って僕は申し訳なく思った。


「ごめんね、あとでお金返すよ」

「ううん、いいよ。いつもご馳走になってばっかりだもの」


それはつまり僕が男で、大人だから当たり前のことなんだけど。
彼女は青いソーダアイスを取り出してぱくりと食べ始めた。


「…」


つめたっとフレイキーは声をあげて、アイスをくわえておろした髪を手首のシュシュでゆるく結った。
珍しくパフスリーブの薄い白っぽいシャツと、シフォンの細かい青系のスカートを着ているフレイキーに、僕はちょっと目のやり場に困った。

日に焼けてない白い二の腕に、見てはいけないものを見てしまったような気持ちになる。
ごまかすようにアイスを頬張った。


「ねえフレイキー」

「なあに?」

「夏だねえ」

「えー?なにそれ。でも、そうですね、夏ですねえ」

「その服、かわいいね」

「ありがとう」


にこりときれいに微笑む彼女によこしまな感情を抱く。
ああ、僕はどこまでもいやな男だ。
フレイキーを透明のまま透明の気持ちで透明な想いで好きだと思えたら。
思えるなら僕は、空気になってもいいなと考えた。
僕には好き以外の不純物が多すぎる。

ふいにフレイキーがぽつりと呟いた。


「私ね、すべてのものにいのちがあると思っていたんです」

「えっ?」

「動物とか植物とかだけでなく、太陽とか、ソファとか、お皿とか、歯ブラシとか、せっけんとか…身の回りのものは全部、生きていると思ってました、私や軍人さんと同じように」

「へえ」

「だからね、私ガラスのコップになりたかった」



ざわっ
風が吹いた。
遠くで誰かの麦わら帽子が飛ばされて、短い悲鳴が聞こえた。
内側が入れ替わる。
僕が、
俺に、なる。



「ガラスのコップかよ。落とされちまったらすぐ割れちまうなァ」


どうしてコップ、しかもガラスの?
聞きたいことを飲み込んで俺は別の質問をした。
そんなこと無粋な質問かもしれない。
ふと手元を見ると空になったアイスのカップがあった。
「あいつ」は、そうかアイス食ってやがったのか。
そういえば口の中がバニラの甘ったるい風味がした。胸クソ悪ィ。

フレイキーが俺を見てこんにちはと言った。


「久しぶりですね、軍人さん」

「え、……分かんのか?」

「分かりますよ、軍人さんのことだもん」


顔が火照る。
澄み切った緑色の目。


「軍人さんたら、さっきから顔赤くしてばっかり」

「っ、」

「うふふ。…あっ、そうだ、どうぞ軍人さん」


フレイキーは自分のアイスの最後のひとかけを食べきって、袋の中身をまさぐった。


ぽんと手渡される新しいカップ。


「…、これ、お前」

「軍人さんはチョコミントしか食べられないでしょう?だからもいっこ買っといたんです。はいスプーン」

「俺のために?」

「はい、もちろん」


中身は溶けかけてゆるゆるだったが、確かにチョコミントだった。
安っぽいスプーンで一口食べると、頼りなくミント風味が広がって、鼻にぬけるそれはなんとなく涙腺が刺激された。



「…ガラスのコップ、ってのも、悪くねェかもなあ」

「でしょう」








夏の暑い日。


ガラスのコップになりたかった少女が、隣にいてくれて良かったと思う。









愛されているような気がした









end
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