神文

□ミス・トラブル・レッド
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私の恋人、スプレンディドさんは私にひどく遠慮がちに接する。




それは彼なりのやさしさなんだろうし年下の私に対する大人の対応であることは充分充分承知しているつもりだ。
しかし、そんな彼の振る舞いはいつもいつも私を傷つけた。
どうして、どうして、私をしっかり抱き締めてくれないの。
人が死なないこの村で、されどなぜか死の概念を知る私は、そんな彼からの無意識の仕打ちに耐えかねていつも昼過ぎ頃に自殺していた。










「自殺は良くない非常に良くない。やめなさいそんなバカなことはフレイキー」


この、人が死なない村でまとめ役のような役割を果たしているランピーさんが、私に話し掛けた。
いつもいつも決まってだいたい同じ時間帯に自殺するのだから、まあ止められても仕方ない。


「どうして。どうして止めるのランピーさん。どうせ明日にはベッドの中で生き返るし。あなたが生命を説いたってなんの説得力もないですよ」

「そゆことじゃなくて、きみに死なれたら後片付けが面倒だろ。飛び降りなら飛び散った内臓脳みそ、練炭なら失禁脱糞した死体、首吊り以下同文だよ。公共の福祉のためにきみの自殺をとめるんだ。死ぬなら町の人たちに迷惑かけないように死んでくんないか」

「あ、はい分かりましたすみません。以後気をつけます」

「分かればいいんだ分かれば。あ、山入って割とすぐのとこに、いい断崖絶壁があるよ。案内しようか?」

「お願いします!」


崖から落ちれば村の人たちもわざわざ死体回収しには来れない。
その日から私は毎日スクーターで秘密の崖まで行って、ぴょんと飛び降りるようになった。
つまり、毎日スプレンディドさんは私に遠慮がちに接しているわけだ。
寂しい。
寂しい。
自殺は寂しかないけど、好きな人に遠慮をされると逆にとっても苦しい。
ああスプレンディドさん、スプレンディドさん。

ぴょんっ










「フレイキーくん聞いたよ!どうして自殺なんか、どうして」


スプレンディドさんは誰からか私のことをやっと聞きつけたみたいで、急に私のうちに訪れて急に怒鳴った。
さらさらの髪が汗で額に貼りついていて、相当急いで来たんだなあと思ってちょっぴりうれしくなった。


「スプレンディドさんが悪いんですよ」

「何?」

「スプレンディドさんが悪いんですよ!私のこと、しっかり抱き締めてくれないから!私のことぎゅって力一杯捕まえていてくれないから!寂しいから自殺してたんですよ?分かりますかスプレンディドさん」

「ああフレイキーくん!」


スプレンディドさんは感動したように私を抱き寄せて、でもまだやっぱり遠慮がちに私を両腕の中に閉じ込めた。
スプレンディドさんはいい匂いがする。パンやケーキの焼けるいい匂い。
今日はチョコレート系のお菓子を焼いてたのかな、なんだかジャージからそれ系の匂いがふわりと香った。

スプレンディドさんは申し訳なさそうに私に言った。


「ごめんよごめんよフレイキーくん、きみがそんなこと気にしてたなんて。私はヒーロー失格だな。いいや、きみの恋人失格だ。ごめんよごめんよ、ごめんねフレイキーくん。



…実はねフレイキーくん、私はほらヒーローだから、きみを力一杯抱き締めると大変なグロテスクなアレになっちゃうんだ。うん。力がね、上手く加減できないというか。押しつぶしちゃうというかなんというか」

「ああ、なんだそういうこと」


私は合点がいってぽんと手を打った。なるほどなるほど。
それならば彼が私を力一杯抱き締めてくれなかったことも理解できるし、なるほど全てに合点がいった。
つまり私を案じてくれた上での計らいだったのだ!なんて紳士的な人だろう。


「じゃあね、じゃあね、スプレンディドさん。いいですよ私のこと抱き締めて。おもいっきりぎゅってしてください!」

「えっ!いいのかいフレイキーくん!」

「はいもちろん!なあんだそういうことなら早く言ってくれればよかったのに。私はね、好きな人に距離を置かれるより、壊れるくらい抱き締められるほうを望む古くさい女なんです。だからスプレンディドさん、あなたに抱き殺されるならそれは本望、さあ早く、早く私を強く抱いて!」

「ああフレイキー!!私の女神、私の太陽!ようしきみが望むなら、もう何も遠慮容赦はいらないな!さあおいで可愛いフレイク私の胸へ!!」



ばっ、とマントを翻して両腕を思いきり広げたスプレンディドさんの胸のなかへ改めて飛び込みなおした。
彼の腕が背中に回される。
うっと一瞬息ができなくなったかと思うと彼の腕がばきばきばきと私の骨を砕いて肉を押しつぶしていった。
私はひゅうと喉を鳴らして痙攣する腕を彼の首に回して、しがみつくようにその唇にキスをする。
スプレンディドさんが感動したように私のぺっちゃんこになったウェストから手を離し、私の頬に両手を添えた。
ごきごきと顎の厚い骨が割れる嫌な音がして、ばきんとはずれた顎から絶え間なくよだれが流れたけどスプレンディドさんは嬉しそうにそれをすすった。
リアルなムンクの「叫び」みたいな変な顔になった私は意識がもうほとんどなくて、上半身からちぎり離された下半身ががくんとくずおれた。
スプレンディドさんが幸せそうに、ちゅ、と私の額にくちづけた。


「愛してるよ、フレイキーくん!」




その日から私は自殺をやめた。





ミス・トラブル・レッド








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