□優しい泥棒
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「こんな所で何してんだお前?」
「……えっ?」



あたし達が初めて出会ったあの日は運命だったのかな?



**



入学してから卒業までの間は酷く短く感じる。
雛森はふと、高校生活最後の校歌を歌いながらそう思った。

まだ肌寒い三月。
今日は雛森が通う高校の卒業式が体育館にて予定通り行われていた。
天気も見事な晴天であり、まさに絶好の卒業日和であった今日という日。
雛森はこの学校を卒業する。


いつも長いと感じる校長の話。
見慣れた校舎。
ちょっと古びた教室。
皆の顔、制服姿。
お世話になった先生達。
一緒に頑張ってきた部活の後輩達。



あぁ、これで最後なんだな…………。



そう思えば、何だか鼻がツンッとしてきて泣きそうになるが
雛森はそれを必死に堪えながら歌う。
この高校三年間は辛い事も悲しい事もたくさんあったけど
それ以上に楽しい事があったから、この日を迎えられた。


そして、雛森は隣に居る銀髪のクラスメイトを見る。
彼の名は日番谷冬獅郎といい、同じ“ひ”から始まる苗字同士で
何かと席が前後になることが多かった。
そんな彼とも明日からは違う道を歩む。
もう近くには居られない。彼の背中を見ることなど出来ない。


(日番谷君ともこれで最後なんだ…)


そう思うとさっき以上の悲しみが溢れ
雛森はパッと日番谷から視線をはずし
また前を向いて校歌の続きを歌う。
歌い終われば、もうすぐ卒業式は終わる。
ここでは日番谷が隣に居るから、絶対に泣かないと決めていたのに
決意に反して、もう瞳は十分に潤ってきている。

泣くな泣くな泣くな!!

何とか涙をぐっと押しとどめ、ようやく終わった校歌に
学年主任の先生が「卒業生退場。」という大きな声が体育館に響く。
この言葉にちょっとホッとしたのは
これ以上居れば涙が溢れてしまうからであろう。

動き出した列に従い、一歩その場から前へ進めば
ふいに隣から、日番谷が小さな声で自分の名前を呼ぶ声がした。
驚いて首だけを日番谷の方へ向ければ
彼は前を見たままで静かに言葉を発する。


「 後 で あ の 場 所 に 来 い 。 」


突然の日番谷の言葉に雛森は少々戸惑いながらも
了承の意を込めて小さく頷いた。



**



日番谷に言われたとおり雛森はすぐに、彼が言う“あの場所”へと進んでいた。
“あの場所”というのは雛森と日番谷しか知らない場所で
彼等が初めて出会った場所である。
どうして日番谷が雛森をそんな場所へと呼んだのかはわからないが
雛森はただただ前へと進む。

彼と彼女が初めて出会ったのは、高校一年生の時の入学式。
真新しい制服に身を包み、桜の花びらの御礼を受けながら
踏み入れたこの学校で雛森は早速迷っていた。
この高校は敷地こそそんなには広くないが構造が複雑であり
新入生が迷う事は、恒例の事であった。
そんなありがたくない恒例事に歓迎されながらも
雛森は半泣きで校舎をさまよっていた時
彼女は少し校舎から離れて咲いていた
大きな桜の木を偶然見つけてしまったのだ。
そのあまりの綺麗さに自身が迷っている事も忘れて、雛森は桜に近づく。
そして引き寄せられるかのように
立派なその幹に手を触れようとした瞬間…………



「こんな所で何してんだお前?」



かなりのいいタイミングで声をかけられ
雛森は弾かれた様に声のした方へ振り返る。
そこに居たのが、日番谷だったのだ…………。
これが日番谷と雛森の出会い。



「…………着いた。」


じゃりっと小石が擦れ合う音が辺りに響く。
キョロキョロとその場を見回すがどうやら彼はまだ来てない様だ。
びゅうっとまだ冷たい風が頬を撫でるが
雛森はそんな事は全く気にせず
あの時と同じようにそっと桜の幹に手を触れる。
桜はあの時のように、満開では咲いておらず今だに蕾のままだが
もう少ししたら桃色の花びらを身に纏った美しい姿が見れるだろう。
…そんな姿をもう見れなくなるのは、凄く寂しいと思った。


「あたしの想いもこの蕾のように、散ってしまう運命だったのかな?」


コツンと額と幹をつけて、雛森は目を瞑りながらそう呟く。
この想いが“恋”だと知ったのはいったいいつの時だったろうか?
気がつけば彼を目で追っていて、何気ない彼の仕草を見て
お菓子を貰った子供のように嬉しがっていたのは
いつの事だったのだろうか?


「あたし日番谷君の事、本当に好きだったんだね。」


改めて思い知る自分の気持ちの深さ。
いつの間に自分はこんなにも彼に根付いてしまったのだろう?

彼の透きとおる様な翠の瞳を見た時?
彼の優しい笑顔を見た時?
彼が自分の名前を初めて呼んでくれた時?



いや、違う…初めて出会った時から彼の全てがあたしを捕らえたんだ。



もう好きで好きで堪らなくて、どうにかなっちゃいそうな位
あたしは彼に心を持っていかれたんだ。

だけどこの想いも伝えられないまま、この学校を卒業する。
あたしの心を彼に盗られたまま、明日には違う道を歩んでいく。


「臆病なあたし、気持ちを伝える勇気もないなんて。」


あぁ、本当に一生に一度の後悔ってこの事を言うんだろう。
苦い初恋…………でもあなたに会えた事は一生後悔しない。


あたしの心を盗った泥棒さん。
どうか、どうかその心を盗んだままでいてください。


「何、言ってんだよ。」


ふわりと、ふいに後ろから誰かに優しく抱きしめられた。
温かい、お日様みたいな匂い。
これは、これは…………。


「ひ…ひつがや、くん?」
「おぅ、悪ぃな遅くなった。」
「え、ええええっと…。」



「なぁ、俺。お前に盗まれたものがあるんだけど?」



何か言おうと慌てる雛森の言葉を遮るかのように
日番谷は雛森を優しく抱きしめたまま耳元で囁く。
その甘い響きに、雛森はもう何がなんだがわからなかった。


「盗んだ、もの…………?」
「あぁ。」
「だ、だけどあたし日番谷君から盗むなんて、そんな…。」





「俺の心、お前に盗まれたままなんだ。」





ドクンと心臓が飛び上がったような感覚が雛森を襲う。
日番谷の言葉が雛森の全てを拘束して身動き一つ出来ない。


「あた、あたし…。」
「まぁ、返してもらっても困るんだけどな。だから…………。」
「……………………。」
「お前の全てを俺にください。」


蜜のように甘い彼の言葉。
その言葉が浸透して、雛森の中で何かが溢れ出す。





その何かの名は“愛”





溢るる愛はキチンと言葉にしてあなたに伝えます。


あ た し も あ な た が 好 き で す と 。


「……こんなあたしでよろしければ。」


林檎のように真っ赤になった雛森の返答に、日番谷は嬉しそうに目を細め
そっと彼女のさくらんぼ色の唇に触れた。





ありったけの愛を込めて。





◇◆◇◆



BLEACHの日雛で学パロ。
このCPは何があっても一生好き。

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