□始まりの当日
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『明日、10時に駅前で集合。』


顔を真っ赤にして、ぶっきらぼうにそう言ったアイツに
私はいつものようにからかう事なんて出来なくて。



コクリと一つ、頷くことが精一杯だった。



***


今日は私の誕生日である11月3日。
毎年祝日であるため、だいたいは誕生日前日に友達からプレゼントを貰ったりと
誕生日当日に祝ってくれる人は家族以外居なかった。



それが今年はどうだ?



「…10時まであと30分。ちょっと早いよナ?」



いつもなら休みの日の午前中は寝ている私は今、自宅から5分も掛からない駅に向かって歩いていた。
今日は愛用しているビン底グルグル眼鏡は外して、コンタクトを装着し
滅多に履かないスカートを思い切って履いてきたのは良いのだが、スース―してなんだがひどく落ち着かない。


そわそわと辺りを見渡し、時計を何度も見るが、時計はまだ一分も経ってはいなかった。





そう。今日私は、俗にいう『デート』なるものを体験する。





相手は私の禿げ親父が経営している夜兎商事に頻繁に来る信用金庫職員・沖田総悟。
整った顔と仕事が早いこともあってか、私の職場の女性人には絶大な人気を誇っている。
私にとってアイツはいつも私の事を馬鹿にする嫌な奴なのだが…



つい昨日の事である。奴は私に誕生日プレゼントをくれたうえに、今日一日の予定を全部俺によこせと言ってきたのだ。



急な展開に頭は全然ついていくことはできなかったけれど、本当はすごく嬉しかった。
今まで過保護な親父のせいで、異性との関わりは全くもてなかったし
友達から借りた少女漫画の中に描いてある、素敵なデートを私も体験してみたかったのだ。


昨日奴から貰った綺麗なネックレスは、今私の首もとで静かに輝いている。
それをそっと指で触れてみると、なんだか心がほっこりと温かくなってきた。


自然と駅に向かう足は早まっていく。
もう駅まで残り50mもない。
ちらりと時計を見ると、時間にはまだまだ余裕がある。



「流石にアイツはまだ来てないだろうから、ちょっとコンビニでも行って…。」



ふと、視線を感じて顔を上げれば
そこにはこれまで見たことがない、絶世の美男子がそこにはいた。


「お、きた?」


普段はスーツ姿しか見たことがないけど、今日は決して派手じゃないシンプルでお洒落な私服を着こなした沖田が立っており
道行く若い女の人たちは皆、目をハートにさせて奴を見ていた。
えっ?あれ?本当に沖田?…いやいや、普段見る奴もそりゃ多少はカッコいいって認めてやるけれど、あそこまでは。
もう一度良く見てみるアル。似てる人かもしれないし…。



「なにそこで突っ立っているんでィ?」



絶世の美男子は気が付くと私の目の前に立っており、これまた凄まじい威力をもつ柔らかい笑みで私を見ていた。
近くで見てやっと認識する、信じられないが美男子は沖田だった。
…ふぉおおおっ!服装が違うだけでこんなにも人って違うのか?!そんな事、少女漫画には描いてなかった!


「お前、随分と早い到着だけどそんなに俺に会いたかったのかィ?」
「っ?!!そ…そんな事、あるわけないアル!家の時計がぶっ壊れてて30分早くなってたの気が付かなかっただけアル!!おおおおお、お前こそ私に会いたかったんじゃねーのカ?!」


嘘です。家の時計はちゃんと正常に機能してましたし、本当は楽しみで楽しみで早く目が覚めました…なんて死んでも言えません。
どうして、私はこう口から正反対の言葉しか出ないんだろう?
本当は素直になりたいのに…“カッコいい”とか言えたらなぁ。
神様、私を作り出す時にどうしてこう捻くれた性格にしたんだろう?オーダーメイドどうりに創ってヨ!!



「大正解。俺、チャイナに会いたかったから早く来ちまったんでィ。」
「……はっ?」
「予定より早いけれど、とりあえず行くかィ。」



大きくてどこかゴツゴツした温かい手が私の小さな手をキュッと握る。
途端に体中どこもかしこも熱くなってきて、寒いだろうと思って着てきたヒートテックは逆効果になった。
どこに行くんダヨ?手、離せヨ!と普段の私だったら間違いなく言ってしまうだろうけれど、今は…いや今日だけはお休み。
勇気を振り絞って、キュッと同じよう握り返してみよう。どんな反応が返ってくるかな?
そんな事を思いつつ私は、そっと微笑んだ。



***



映画を見たり、ゲームセンターに行ったり、ご飯を食べたりと色々な所へ行って楽しんだ私達。
ただ気になるのは、全て沖田の奢りだという事だ。
会計の度にお金は出すと言っているのに『今日誕生日のお前に誰が出させるか。素直に甘えとけ。』と言い包められてしまう。
誕生日プレゼントはもう既に貰っているのに…なんだか申し訳ない。
何かお礼は出来ないだろうか?と1人悩んでいると、沖田は近くの公園に行かないかと言ってきたので、私は黙って頷いた。


時刻は21時。
夜の公園には誰もおらず、街灯がさびしく遊具を照らしている。
ここの公園は私の家の近所にあって、小さい頃によく近所に住む新八や銀ちゃん、馬鹿兄貴に遊んでもらったっけ?
少し懐かしく思いながらも近くにあったベンチに二人して腰掛ける。


二人っきりの公園。


それを認識するとなんだか恥ずかしくなってきて…
とりあえず何か話さないといけないと思い、必死に話しかけた。
だけども奴は、曖昧な相槌ばかりで私の話なんて上の空。
さっきまでそんなんじゃなかったというのに、どうしてなんだろう?


まさか、私と一緒に居る事に飽きてしまった?
初めてのデートにテンションが上がってしまった子供の私を見て……呆れてる?



「…い、おいっチャイナ。」
「えっ?」
「何ボーっとしてんだ?具合でも悪ィのか?」


悪い方向にドンドン考えてると、急に視界を占拠するのは沖田の顔。
間近で見る綺麗な顔は、心配そうに私を見ていた。

深紅の瞳に私が映る。
顔が、熱い。

心臓がどくどくと痛いぐらいに脈打って、目の前の沖田にも聞こえてしまうんじゃないかってくらい激しい。
きっと真っ赤になってしまっている顔を見られたくなくて、目をふいっと逸らすと
途端に強い力で無理やり沖田の方へと向かされた。


「なっ…?!」
「なぁ、なんで目を逸らすんだ?」
「へっ?そ、それは…。」


そんなもの恥ずかしくて目を逸らしたに決まっているだろう?!
それを言わせるのか?それを包み隠さず言えというのか?!
もしそうだとしたら、やはりこの男…正真正銘のサディスティック!!


こうなりゃ意地でも言ってやるものかと少し頬を膨らませて沖田を睨む。
すると奴は少し困った顔をして、小さく笑った。





「お前は俺だけを見てればいいんでィ。」





それってどういう意味なんダヨ?という言葉を紡ぐはずだった口は、目の前の男により閉じられてしまった。
唇にあたる、温かくて柔らかい感触。
驚きで見開いた眼に広がるのは、さっきよりもさらに近づいた沖田の顔。


何度も何度も繰り返される唇の熱に、何も考えることが出来ない。


このままだと蕩けて、跡形もなく消えてしまんじゃないかという錯覚すらしてしまう。

数十秒…いや数分ほど経ってやっと沖田から解放された私は、沖田から移された熱と自分で出した熱で意識を失う寸前まできていた。
ベンチにくたりと寄りかかって荒くなった息を落ち着かせるため、何回か深呼吸。
…いや、無理だこれ。落ち着くなんてこと、出来るわけがない。


「お…前っ!今、何して…?!」
「何ってキス。」
「な、なんで…急にこんなことするんダヨ?!」
「なんで?ここまでやっておいてそんな事、聞くのかお前は?この鈍感が。」
「はぁっ?!」





「そんなもん、お前が好きだからに決まってんだろ?」






人は驚くと声が出ないというのは、どうやら本当のようだ。
喉に何か空気の塊みたいなのが詰まったかのように言葉が出ない。
心臓が大きな手に握りつぶされているんじゃないかと思うくらい痛い。


私の事が好き?


そんな、馬鹿な。
だっていつも私の事、苛めてくるじゃないか。


ゴリラだの女に見えないだの。


それなのに好きだなんて…きっとからかっているんだ。


「勘違いしてそうだから先に言うけど、これ冗談じゃないからな。」
「?!」
「はぁぁ…言っとくけどお前が悪いんだからな。本当は今日言うつもりなんて無かったのに、お前がそんなに可愛い格好してくるし、いちいち反応ツボらせるし…ネックレス付けてくれてるし。今日俺がどれだけ我慢したと思っているんでィ。」
「…そ、そんなの知るカヨ。」
「あーもう、その顔禁止。何お前、誘ってんの?襲ってくださいってことなの?」
「ばっ、違うっ!」


ぎゅうぅっと痛いくらい抱きしめられる。
細っこいと思っていた胸板は意外に厚くがっしりとしていて、そこから私と同じくらいの心臓の速さで脈打っているのがわかる。
なんだかそれがひどく愛おしく思えてきて、そっと手を背中に回すと、私を包む大きな体がピクリと反応した。


心がどこか切なくてじくりと痛くて、でもそれ以上に幸せだと感じてる。
あぁ私…コイツの事。



「好き。」
「へっ?」
「私もお前の事、好きアル。」



今考えてみれば、本当は初めて会った時から心奪われていたのかもしれない。
深紅の綺麗な瞳に私が映ったその時から。
…自覚するのがものすごく遅くなってしまったけれど。


「…マジでか。」
「…マジアル。」
「夢みたいでさァ…。お前の誕生日なのに俺の方がすっげぇイイもん貰ってしまった。」
「馬鹿言うんじゃねーヨ。私の方がいっぱいいっぱいイイものを貰ってしまったアル!」


互いに顔を見合って、くすくす笑う。
そしてキスを一つして、またくすくす。





「誕生日おめでとう、神楽。」





生まれてきてくれてありがとう。





***



神様、二人の出会いに感謝します。

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