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□別れはいつも、突然に。
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ハルの過去(1)
「私がアキを妊娠していると知ったのは22歳の時。あまりにも吐き気が酷くて病院に行ったの…」
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「…妊娠、ですか?」
そう、と目の前の女性医師は頷き、おめでとう。今、妊娠四ヶ月ですよと言った。
症状が吐き気のためにハルは真っ先に病院の消化器系に行き、そこでいくつか検査を受けた。
しかし、消化器系の医師は検査結果を見ると電話をし始め、ハルはそのままこちらにまわされてきたのである。
そして目の前に座った医師は妊娠おめでとうございますと笑顔で祝福した。
「吐き気の原因は悪阻ですね。確かに消化器系に行っても分野が違います。悪阻は消化器系の処方はあまりありませんからね。」
しかしそんな医師の言葉などハルの耳には入っていない。
「…………。」
「どうかしましたか?」
黙りこんだハルに医師の不思議そうな問いかけ。
「いえ、なんでも…」ない、と言いかけて止まった。
何でもない訳はない。
この子には―…
「次回いらっしゃる時にはご家族の方か、お相手の方といらしゃってください。」
ハルの心を見透かしたようなタイミングでそう告げる医師。
その言葉にハルの心は重くなる。
「どうかしましたか?体調が優れませんか?」項垂れたハルに医師は再び問いかける。
「…先生。」
重い口を開けば、閉じられない。
だからこそ母親にも言っていない事実を誰かに話してしまいたいと思った。
ハルの次の言葉を待ち、神妙にしている医師の膝をじっと見つめてハルは言う。
「――この子には、父親がいません。」
しばらく医師は黙り込み、言いたくなければお答えしなくて結構ですからと前置いて聞いた。
「それはどういうことですか?」
「言葉の通りです。この子の父親にあたる人はいないんです。」
「それは…事故などで、ですか?」
いいえ、とハルは首を横に振り辛そうな表情で自身の下腹部に手をやる。
「彼は生きてはいるでしょう。ただ、この子は望まれた子ではありません。」
『望まれた子ではない』その言葉を聞いて医師は暫く黙った後、吉岡さん、と名前を呼んで言った。
「何があったのか分かりませんが、もし何か事件性のあるもので妊娠をした場合中絶することができます。
ただ、その場合吉岡さんの身体にも負担がかかります。
今後、二度と赤ちゃんを産めなくなる身体になる可能性もあります。それらを考えたうえで堕胎…なさいますか?」
望まれた子ではない、というのなら育児放棄が起きてもおかしくないという可能性を鑑みての言葉だったが、ハルは暫く黙ったあと考えさせてくださいと言って席を立つ。
「私一人では決められそうにもありません…心の準備が出来たら母とこちらに伺います。」
なるべく早めに来てくださいね、という言葉で見送りを受けてハルは病院を後にし、自宅に向かった。