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□別れはいつも、突然に。
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Thanks!
―ありがとう!―




「邪魔するぜ。」そういって開け放たれた窓から飛び込んできたのは――

「ムタ?お前どうやってここに…」トトがあまり驚かない様子で窓辺に立つムタに尋ねた。

「男爵が書き置き残してたんだよ。」つってもなとムタは不機嫌そうに続ける。

「ハルの家がどこにあるかなんて知らね―からお前らの匂い追ってきたんだよ。」
大変だったんだぜと呟くムタに「まるで犬だな」とトトがツッコミをいれてからかう。

そのやり取りを見てアキがクスクスと笑った。

「いらっしゃい。ムタさん。お菓子あるからゆっくりしていって。それにしても…随分と様変わりしたみたいね?」
まあな、とムタは苦々しい顔になって年には勝てないからなと椅子に飛び乗ってアキの方に顎をしゃくる。

「で、そこのちっこいのは誰だ?」
ちっこいのとか言うな、とトトがムタをたしなめ、ハルはあはは―と苦笑いをした。

「私の娘のアキよ。これからよろしくね、ムタさん。」

ふーん?とムタはいぶかしげな眼差しを向け、娘?と聞き直した。
そう、娘よ。とハルが頷くとムタはその長くはない尻尾をぱたんを椅子に叩きつけ色々あったみたいだな、とぼやく。

「娘ってこたぁ…お前結婚してたってことだよな。」ムタがそう言った瞬間、トトが緊張したような面持ちでバロンを見た。

心なしかバロンの表情も硬い。

ああ、バカ野郎!とトトはムタに内心大声で叫んだがトトのそんな想いに気付くはずもなく、ムタはどんなやつだ?とハルに質問を重ねた。

「うん……なんて言うか、結婚はしてないのよね。未婚の母ってやつ?」そういってハルはおどけてみせる。

「クラスメイトの男子で町田君っていたんだけど…その人がアキの父親にあたるかな。」
もうこの街には居ないけどね、と呟いた言葉はほとんど無意識だったのかもしれない。

場の重い空気に気がついたムタがそうか、と言ったきり黙り、静か過ぎるほどの静寂が流れた。

「アキ、ムタさんの分のカップもお願い出来る?」
頷いたアキにトトが私も手伝おう、とアキの後ろを飛んで付いていく。


「…ずっと、もう一度こうして話が出来たら良いなって思ってた。」
アキの姿が完全に見えなくなってから不意に、ハルが口を開いた。

「な、何だよ…」そんな神妙に話してよ、と空元気に振る舞うムタの言葉にハルは儚い笑みを浮かべる。

「…私は死んでから初めて魂だけの存在が辛いことを知った。…寂しくて、寂しくて…このまま自分の魂ごと消えてしまった方が何も考えなくて済むんじゃないかって思ったこともあった。」
でもね、とハルは口調を変えて言った。

「そんなことを思っていたらある日、だんだん自分の身体が薄くなっていってることに気が付いたの。最初はこんなに透けて見えなかった。それからああ、私は本当に消えて無くなるんだって思ったら何だか悲しくなって魂だけの存在になってから出来ることを探したの。」

魂だけの存在になってから出来ることって少ないのよね―とぼやいたハルはいくつか例をあげてみせる。

「物に触れようとしても出来ないから何も動かせないし、他の誰かに触れることも、アキ以外の誰とも意思疏通出来なかった。」
その言葉に、ハルはどれだけ辛い想いをしたのだろうとバロンは自分の心が痛むのを感じた。

事務所にハルが来ていても気付かなかった自分。
きっと何度もハルは事務所を訪れて、気付かない私に何度も呼び掛けた。


「私のことが見えてたのも話が出来たのもアキだけだった。でもそれだけでも救われてた。寂しさが和らいだもの…毎日話し相手になってくれて、学校の友達に変な人の扱いを受けていてもアキは私と過ごしてくれた…」
本当に優しい子に育ってくれたわ、とハルは嬉しそうに微笑む。

「それでね、そんな娘のために何かしてあげたいなって思った。」親バカね、とハルは笑ってそれから真摯な眼差しでバロンを見る。

「バロン、お願いがあるの。…私の最後の願い。」

ハルの言葉に最後なんて、とバロンは口を開きかけたが結局何も言わずに口をつぐんだ。

彼女は死んだ人間で、最後という考え方には相違ない。
黙って頷くとハルは嬉しそうに微笑んで`最後のお願い´を口にした。

 
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