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□別れはいつも、突然に。〜sideアキ〜
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アキの一日。



一年ほど前に亡くなった母が「会って欲しい人がいるから付いてきて。」と言ったのは夕方、私が学校から帰って来た時だった。


「いいけど…どうしたの?」この時、私はまだ何も知らず、母が「ちょっとね。」と言葉を濁したのを疑問に思いながら尋ねた。

「遠くまで行くの?遠くまで行くならおばあちゃんに遅くなるって言わなきゃ。」
うん、と頷いた母にちょっと待ってて、と言い残して階下に降りると台所に立つ祖母に話しかける。

「おばーちゃん。私、ちょっと遠くまで出かけてくるね。遅くなるかも知れないけどお母さん一緒だから大丈夫だからね。」
はいはい、と頷く祖母は最近私と母を間違えているみたいで…

「いってらっしゃい、ハル。あまり遅くなっちゃだめよ。」
とまあ…こんな風に反応を返す。

「おばーちゃん…私はアキだってば。」
そうね、と後ろから見ていて分かる程度に祖母は頷く。

…たぶん絶対分かってない。

「行けそう?」上から降りてきた母が隣に並んで苦笑しつつ聞いた。
うん。と頷いて私は玄関に向かう。

「じゃあ、行ってきます!」
祖母に聞こえるように大きな声で呼びかけるといってらっしゃい、と静かな声で祖母は応え、私と母は外に出た。


***

「おばあちゃんってあれ呆けてるよね?私とお母さん間違えてるもん。」
道の途中で私は隣を歩く母に問いかける。
母は苦笑いを返しながら年だからね、と言った。

「え―?でもさっち―のおばあちゃんは今も呆けてないよ?おばあちゃんと同じ歳なのに」

「さっち―って幸恵ちゃん?仲良いのね。」ニコニコと笑う母に私は閉口する。

おばあちゃんがああなってしまったのはもしかしたらお母さんが死んだショックでああなっちゃったのかもしれない。
そう思うとおばあちゃんが気の毒でならなかった。

私みたいにお母さんが見えていたなら、そうならなかったのではないだろうか。

それでも時々、母の「霊」としての存在を不安に思う事がある。
母はこの世に何か未練があって残っている。
時として寂しそうにしている「霊」としての母の存在ははたして幸せなのだろうかと。

「お――…「ほら、あれが十字街よ。」」聞こうとして『母さん』と続けようとした言葉は母に遮られる。


「ほら、アキ。置いてかれないように歩いて歩いて!」
前をせっせかと歩く母はどこか楽しんでいるようにも、虚勢をはっているようにも見えた。

(お母さん無理してる?何のために…)
これから会う人と関係があるのだろうか。

そう思いながら人混みに巻き込まれ姿が見えなくなりそうな母を追いかけた。


***

「ねぇ…お母さん。ここってほんとに道なの?」
前を歩く母は一応ね、と応えて足元に気をつけてねと注意を促す。

「これでもね、私が最初に猫の事務所に行った時よりはまともな道を歩いてるのよ?」

とてもそうとは思えない裏道や塀の上をつたい歩いて私は母に聞き返す。

「猫の事務所ってあの?…そこに行くの?」
今まで幼い頃から母には心を持って生きているモノ達がいるという話を聞かされてきた。
特に、猫の事務所と呼ばれる家と、その所長である『バロン』に関しては顕著で、耳にタコが出来るくらい何度も聞かされた。

そこの所長がとても紳士的で優しくて、お母さんが大好きな人なのよ、と。
その人のことを語る時の母はとても優しい微笑みを称えていて、私はその話を聞くのが好きだった。…母のその優しい微笑みが好きだった。
お母さんの若い頃の話。
猫の国でお嫁さんにされそうになったこと。

現実離れしたその話は聞いてるだけでワクワクしたし、それは今でも変わらない。

「さあ、着いたわよ。」思考に耽っているうちに目的地に着いたようで母が声を上げ、後ろを歩く私をある家の前に立たせた。

見上げた先の母が声を出さずに頷く。
ノックしろ、という意味だろう。
私は扉に視線を戻して呟いた。

「ここが猫の事務所?思ってたより小さいんだね。…ドールハウスみたい。」

駅前のショーウィンドウにドールハウスが新しく出てたな、と思いながらコンコン、と扉を叩く。

お母さんがダンスを一緒に踊った相手って言ってたからもうちょっと大きい人だと思ってたんだけど…。この大きさの家ならそうでもないみたいだ。

中から返事は無く、私は少し控えめにこんばんは!と中の人を呼んだ。

中で人の気配がする。

「アキ…私はあなたをバロンに託す気でいるわ。」扉が開く直前、母はそう呟いた。

「え?」驚いて母を見上げた私を母は寂しそうな眼差しで見ていて。

「お母さん…?」
その眼にどういうことなのか悟ってしまった。
何故、母が私をここに連れてきたのか。本当の目的を。
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