short

□もう一度君に逢おうA
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言葉の分からない私がこの国に来て最初に覚えたのは、ゆき、という言葉だった。

別に、その時期に雪が降っていたわけではなく、私を粗暴な男達から助けた吉岡屋と呼ばれていたお人好しな彼女が自分の名前はお雪だ、と言って聞かせてきたためである。

最初のうちはひたすら、自分自身のことを指差して、お雪、お雪と繰り返していた彼女だったけれど、そのうち私のことも指差して首を傾げるので、言葉が通じないながらも、自分の名前を聞かれているのだと分かった。

『My name is Hunbert von Gikkingen.』
お雪と名乗る彼女に分かりやすいようにゆっくりと発音するが、聞き取れなかったのか「フン…んんんー?」となんとも間抜けな名前の発音をされてしまった。
…先が長くなりそうな気がした。

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はぁ、とため息ひとつ。
勿論、私のため息で、ため息をつかれた彼女は申し訳なさそうに肩を落とす。
あれから…最初の自己紹介から半日ほど経ってからのため息は疲れからか、重たい響きを持っていた。

腕を組み、難しい顔をする私と、肩を落とし縮こまる雪。
まるで不出来な生徒が先生に怒られているような図だが、体格からすれば逆であって然るべき図である。

私と、雪は見た感じ10は歳が離れていそうだった。東洋人は実年齢よりも若く見えると父上に聞いているし、もしかしたらもっと離れているかもしれない。

それだけ離れていたならば、あるいは理解してくれるのではないかと期待していたが、どうやら無理らしい。
自分の名前を知ってもらう、理解してもらうと言うのがこんなに疲弊するものだとは知らなかった。

『言葉の壁とは厚いものだな…』小さく呟いた言葉でさえ、彼女は小さく肩を揺らす。
そして申し訳なさそうに、こちらを見るのだ。

…なんだか苛めているような気分になってきた。

『…Baron.』

「へ?」

『Baron!』
若干強引に、自分の家の階級である男爵というのを連呼してみる。
多分、私の名前が長いから、彼女は理解できないのだ。なら、階級でもなんでもいい。短い呼び方で。

「…ばろん?」
拙いながらもようやく発音されたその音に、安堵し、思わずガッツポーズをとってしまったのは、両親には内緒にしておきたい。
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