小説
□まるでスイーツのような
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突然の訪問者は玄関からではなく、窓から侵入していた。警戒をするシエルを余所に、侵入者は羨ましそうにシエルの手元にある紅茶とケーキに視線を向ける。
「……いぃわねぇー。アンタは毎日毎日セバスちゃんお手製のお菓子や料理が食べられて」
シエルは無言で侵入者であるグレルを睨みつけたが、相手が何もしないと分かれば再びティータイムを続けた。
いつも傍にいるはずのセバスチャンは使用人達の相手をしている為、この場にいない。
万が一、何か遭っても“契約”通りセバスチャンはシエルを助けに来る。必要であればいつでも呼べる。
一一一せっかくの機会だ。暇潰しも兼ねてコイツと会話でもしてみるか。
そう決めたシエルは自分の髪を指でくるくる巻いて弄ぶグレルの言葉に答えた。
「あいつは僕の執事でもあるが“駒”でもある。羨ましいのなら、あの堅物眼鏡にでも作ってもらったらどうだ?」
シエルの言葉に微かに表情を引き攣らせ、唇を尖らせたグレルは不機嫌そうに不満を漏らす。
「残念だけど、ウィルがアタシのために作ってくれたことなんて一度もないのヨ」
「お前とあいつは付き合っていたんじゃなかったのか?」
「付き合えるなら付き合いたいワ。アタシの本命はウィルだけど……いくらアタシが想いを伝えても、ウィルは何も答えてくれないのヨ」
「想いの伝え方が間違っているんじゃないのか?」
「う、煩いわね!キスひとつ経験がないガキなんかに言われたくないワ!」
勢いをつけてグレルが両手で机を叩く。その振動で紅茶が大きく揺れた。僅かに眉を潜めるシエルだが、何も言わずにケーキを一口食べる。
「キスくらいならもう経験済みだ」
「……………へ?」
その場で固まるグレルの表情を眺め、顔を上げたシエルはその表情を見て笑う。
「そういえば、グレル。お前の初キスはどんな味だったんだ?」
「……あら、ガキにしては随分と率直な質問じゃない?」
「なんだ。まだ未経験だったのか……」
「う、煩いわね!アタシ、もう帰る一一一ん!?」
図星だったのか、何か嫌な思い出があるのか、憤慨するグレルの真っ赤な髪をシエルは勢いよく掴んで引っ張る。
「……ん、ふっ……?」
訳も分からず、ただグレルは状況を理解しようと何度も両目を瞬く。
お互いの唇が重なり合い、触れている。シエルはグレルを自分の元へと引き寄せ、机から身を乗り出してキスをしていたのだ。
相手の反応などお構いなしに、唇の角度を変えたシエルはキスからディープキスへと変えていく。
「……あっ、んっ……」
突然の行動に頭が真っ白になってしまうグレルだか、頬を蒸気させながらも無意識に舌を絡める。
数分後、ようやくシエルのキスからグレルは解放された。何事もなかったかのようにシエルは椅子に座り、紅茶を飲むとニヤリ微笑んだ。
「どうだ?セバスチャンお手製のお菓子の味は?」
「……あ……っ……!?あ、アンタ……!」
まるで金魚のようにグレルは口をパクパクする。その背後から扉を叩く音が響き渡る。
「坊っちゃん。そろそろ外出のお時間です」
扉越しから聞こえたのはセバスチャンの声だ。あたふたするグレルに、何事もなくシエルはいつも通りに振る舞う。
「ああ、わかった。……セバスチャン。今、僕が食べていたケーキをお土産に持たせてやれ」
「……グレルさんに、ですか?」
「命令だ」
扉越しにいるセバスチャンは間違いない、不愉快そうに眉を潜めているだろう。
それでもシエルの命令には逆らえず「イエス・マイロード」とセバスチャンは答え、その場を離れる。
「……食べたかったんだろう?セバスチャンが作ったお菓子を。それで?どんな味がしたんだ?」
セバスチャンの足音が遠ざかるのを待つことなく、興味津々な表情でシエルはグレルに尋ねた。グレルは複雑な表情を浮かばせながらも、渋々と口を開く。
「……クリームとレモンが交ざった……甘酸っぱい味がしたワ」
「そうか、それがお前の初キスの味か」
「だから!」
満足そうに答えるシエルの胸ぐらをグレルが掴みげる。
「違うって言ってるで一一一んっ!?」
シエルの不意打ちのキスに、グレルは言葉を失う。
「……僕は満更でもなかったぞ?お前がよければまたしてやってもいい。セバスチャンに会いに来た、という口実を作ってな」
その言葉にグレルの頬は真っ赤に染まる。
それからゆっくりと掴んでいた手を離す。
「……な、何よそれ。それじゃあ、まるで……」
それ以上の言葉はグレルの口から出ることはなかった。タイミング良くセバスチャンが部屋に入ったからだ。
「グレルさん。こちらが本日私が作った一一一」
セバスチャンの言葉が終わらないまま、無言でグレルはお土産用のケーキを受け取り、一瞬だけシエルの顔を見たが、何も言わずに窓から去っていく。
去り際のグレルは頬を真っ赤にさせながらシエルを見ていた。
セバスチャンは不愉快そうな表情をしながらシエル声をかける。
「……坊っちゃん。いくらなんでもアレに手をつけるのは如何なものかと」
グレルが去った後。
着替え用の服を手際よくシエルに服を着せる。
セバスチャンは先程の出来事を全て見通していたのかのような口振りで話す。
「悪魔が死神に嫉妬か?」
「そうは言っていませんが一一一!?」
セバスチャンの胸元を掴んだシエルはその唇に自分の唇を重ね合わせる。
驚いたように目を瞬かせるセバスチャンに微笑みながら、シエルは唇を離すと口を開いた。
「だったらお前はこの僕が他の奴に落ちないように、この僕を落としてみせろ」
床にしゃがみ込み、ボタンに手をかけていたセバスチャンの唇に、もう一度キスをするシエルは悪戯っぽく微笑んだ。
*end*
(2011/02/28.改訂)
あとがきあり。