過去拍手小説
□いつかこの言葉を貴方に
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一一一好きです。
言葉にすれば簡単だというのに、思うようにそれを伝えられない。
「ウィル、好きよ?」
目の前にいるグレル・サトクリフが私に向かってそう言った。
それに対して私は頷くことも同じ言葉を返すこともなく一一……。
「くだらない言葉を言う暇があるなら仕事をしなさい」
冷たい言葉で突き放してしまう。
「あん、冷たいわネ」
いつもと変わらない私の態度に、いつもと変わらない態度でグレル・サトクリフは返す。
仕事へ向かおうと背中を見せるその姿を見て、無意識のうちに私の体が動く。
「……ウィ、ル……?」
突然のことに驚いた表情を浮かべ、首だけを私の方へ向けるグレル・サトクリフは体を硬直させている。同じように私も背後からグレル・サトクリフの体を抱きしめたまま、自分の行動に驚く。
「あ、あの……。アタシ……お、お仕事に……」
普段は自分から襲い掛かるのに相手から襲われる経験などなかったのだろう。声が裏返ったことなど気づかないまま、震える声で私の腕を掴む。
グレル・サトクリフの体温が私の肌に伝わり、声が普段よりも近く耳に届く。
私は片方の黒革手袋を外してグレル・サトクリフの頬に触れる。
「あっ……」
グレル・サトクリフの小さな声を漏らす。私はその指を、頬から唇へと異動した。
「どうしました?いつもの貴方らしくないですね」
唇が震えている。
初めての経験で気が動転しているのか、何か言いたそうにグレル・サトクリフは唇を開くが閉じてしまう。
「グレル・サトクリフ」
「一一一ッ!?」
耳元でそう囁きかけると、言葉にならない叫び声をあげたグレル・サトクリフは私の腕をギュッと掴んで目を閉じていた。
一一一これくらいで止めておきましょう。
私はグレル・サトクリフを解放するように、抱きしめていた身体を離す。
「あ……ウィル……?な、な、なん……っ」
金魚のように口をパクパクさせ、腰が抜けたようにグレル・サトクリフはその場に崩れ落ちる。その瞳からは涙が頬を伝っていた。
少しやり過ぎたかもしれない。
そう思った私はグレル・サトクリフの傍へ近付き、同じ目線になるようにしゃがみ込む。
「グレル・サトクリフ。私は今日、定時に上がれます」
「……へ?」
「仕事の休憩時間ですが、お洒落なレストランを見つけました。早めに行けば二人分の席くらいは残っているでしょう」
私の言葉に初めはまったく理解が出来ない表情をグレル・サトクリフは浮かべていたが、ようやく状況を察するとその顔はすぐに笑顔へと変わった。
「ウィルとディナーに行けるの!?」
「定時に上がることができれば……ですがね」
先程までの出来事などなかったかのように、元気に立ち上がったグレル・サトクリフはすぐに上着を羽織り、私の方へ視線を向ける。
「約束よ!?絶対、絶対!!」
「わかってます。……ほら、今のやり取りで一分は経過しましたよ」
その言葉に慌てながら死亡予定者リストを手にグレル・サトクリフは部屋を出ていく。
「まったく……騒がしいですね」
すると、再びバタバタという足音が聞こえて部屋のドアが開いた。
「さっきのことだけど!あ、あの……嬉しかったわ!」
私の言葉も聞かず、言いたいことを言ってグレル・サトクリフは今度こそ仕事へ出かけた。
「まったく」
そう呟く私は先程グレル・サトクリフが出て行ったドアを見つめ。
「一一一私も、好きですよ。グレル・サトクリフ」
いつか、この言葉を貴方の前で一一一。
2010/12/26.end.