過去拍手小説
□最高の笑いを貴方へ
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それは“彼”が人生の中で一生に一度しか体験できないであろう珍しい光景だった。
「坊ちゃんを、ボッチャンと!」
「布団がふっとんだ♪」
「一一一でね!そいつが<ピー>で<バッキューン>だったわけで一一一」
「見せてあげちゃう!アタシのセクシーショット♪」
「汚物、汚物、汚物、汚物、汚物、おぶうぅ一一一……!!」
「ジョー……一一一あぎゃれません!」
「眼鏡、眼鏡、眼鏡……」
「一一一……って、なんでやねん!どうも、ありがとうございました」
まずは、何故こうなってしまったか振り返る必要があるかもしれない、そう思ったのはこの店の主である葬儀屋だ。
それはほんの数時間前のこと。
ある情報を知りたく、現れた人間組、悪魔組、死神組、天使……。
「えーと、どこからツッコめばいいンすかね……」
ロナルドの言う通り、ツッコミどころは満載だが、彼らはいち早く葬儀屋から情報を聞き出したいが為に、それぞれ持ち合わせのお笑いを披露した。
だが、肝心なことにそのどれもが互いの声が重なり合ったせいで聞き取れず、いつまで経っても葬儀屋を笑わせることが出来ずにいたのだ。
まず、クロードと劉のギャグはハッキリ言って葬儀屋の笑いツボにならない。
マダム・レッドやグレルも、あまつさえアッシュやアグニの言葉さえ、興味すら抱くことはなかった。
そして、セバスチャンやウィリアムも惜しいところまでいっているが、周りの雑音がそれを邪魔しているせいか、葬儀屋を笑いに誘えることが出来なかったのだ。
「サトクリフ先輩。オレ、もう帰ってもいいっスか?今日は庶務課の子と合コンなんですけど」
「ダメよ!こいつを笑わせて、ご褒美にウィルとディナーに行くんだから。そうでショ?ウィル!」
「今回だけ特別です。……ロナルド・ノックス。貴方も持ち前の笑いを提供してはどうです?」
デスサイズで眼鏡のズレを直すウィリアムの眼鏡レンズが、僅かにキラリと光る。
「……うっ、あー……えっとー……。ロナルド・ノックスDI一一一」
「実にいいものだぁーーー!!」
一一一一………。
残念ながら、その言葉はクロードによって掻き消されてしまった。それどころか、葬儀屋は笑うどころか、周囲の者も哀れむようにロナルドへ視線を向けるだけだった。
「なんだよ、悪魔も死神も天使もクソつまんないギャグしか言えないの?ねぇ、シエル。俺達で何か漫才でもしない?」
「漫才だと?いや、僕は遠慮しておく」
「ふふっ……坊ちゃんのギャグセンスはダンスのように壊滅的ですからね」
「黙れ!お前はさっさと奴に極上の笑いを与えてやれ」
「ちぇ、つまんないの。……クロード。お前もだ、さっさと終わらせろ」
シエルとアロイスの言葉にセバスチャンとクロードは真顔になる。
「イエス・マイロード」
「イエス・ユア・ハイネス」
「……おや?そちらが本気を出すなら我も本気を出さなくてはならないね。一一一……藍猫。にゃお♪」
「アグニ!お前の実力をこいつらに見せ付けてやれ!」
「ジョー・アギャー」
「……いいわね、あんた達には執事がいて」
ポツリとマダムがそう口にすると、何者かに背後から肩をポンッと叩く。
「アタシのこと、忘れないでくれる?」
「……グレル?」
「これでも執事DEATH★」
「ふふっ……ありがとう」
グレルとマダムのやり取りが気に入らないのか、珍しくウィリアムは不機嫌な表情を浮かべる。
「グレル・サトクリフ。我々を裏切るつもりですか?」
「サトクリフ先輩。ディナーはいいンすか?」
「そ、そりゃあ……ウィルとのディナーは楽しみにしてたけど……今は執事業務が最優先なのDEATH★」
バッチリとウィンクをするグレルは後悔すらない、生き生きとした表情だ。
その一方では一一一……。
「……あぁ、気持ちいい。気持ちいい。《暖かくぬるりとして、極上の毛皮にも勝る肌触り》不浄の快楽は、私にとって耐え難く不快なもの。ですが《不浄の絶望は私に力を与えてくれるのです》私はどんどん力がみなぎって強くなってしまいます。どうしましょう?どうしましょうねえ?まだまだ私は《貴方のことを諦めたわけではありませんよ?貴方が女である私の笑いを受け入れることがないのなら》私はこのまま太陽として、男のままで、ずっぷりと、貴方を真の奥深くまで貫いて差し上げ一一一……汚物、汚物、汚物、汚物、汚物、おぶうぅ一一一……!!」
「一一一……僕は考えました。御主人様が喜ぶ為には何をするべきなのかを。そして考えました。極上という名の付く笑いを作ろうと。さ〜むいギャグは周りを冷やす〜冷やす〜冷やす〜♪僕は頭で考える〜考える〜考える〜考える〜最高のギャグを考える〜考えれ〜考えれ〜極上の笑いを」
アッシュからアンジェラへと交互に姿と容姿を変える天使と、奇妙なドロセル・カインズの言葉にわざとアロイスは吐く真似をする。
「うっえ〜!なんだよ、あいつら。クロードと同じくらいクソ気持ち悪いんだけど……。やっぱり、俺は変態じゃないハンナを選ぼう。ハンナ、お前の力を見せてやれ」
「はい、旦那様」
それぞれの意思が強まり、いざ葬儀屋に極上の笑いを提供しようとするのだが一一一……。
「一一一……ぶぶっ!?ヒャッハッハッハッ!いいねぇ〜、実に愉快だよ。小生はもうお腹いっぱいだぁ」
葬儀屋が笑った。
誰が彼を笑わせたのだと周りを見渡し始めるのだが、全員が周囲を見渡している。
いったい誰が葬儀屋を笑わせたのか一一一。
「一一一そして私は思った!この事件の黒幕は掃除のおじさんなのだと!うぐぐっ、お腹が……」
「兄さん。それは違いますから。また鰻パイとおにぎりを一緒に食べたんですか!?兄さん、しっかりして下さい!」
「ブヒャヒャ!お、同じ顔なのに、性格が……ぶぶっ!こうも違うなんて……ヒヒッ!」
そこには背丈も容姿も声までもほぼ似ている兄のエドワード・アバーラインと弟のフレッド・アバーラインがいた。
彼等もシエルたちと同じ目的でここへ来たらしく、葬儀屋に情報を尋ねに来たのだ。
「あいつら……いつの間にいたんだ?」
「……まさか、双子で来るとは思いませんでした。やりますね、アバーライン兄弟」
相手をライバル意識するような目つきで睨みつけるセバスチャン。
「君達、合格だよ!合格!ヒッヒッヒッヒッ!後のみんなは早くお帰り、君達は不合格だから。……ブヒャヒャヒャヒャヒャッ!」
こうして長いような短い彼等の勝負は、虚しくも二人の双子刑事によって負かされてしまったのだった。
2011.01.28.end.