小説

□モーニングコールならぬ、モーニングキッス
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 早朝。いつも協会に一番乗りで出勤をするのは、死神派遣協会管理課に属する死神ウィリアムだ。

 仕事の割り当てや一日のスケジュールに遅れを出さない為、彼は一時間前に本部へ出勤した。

 一一一まずは、死神図書館から鍵を開けていきますか。

 出勤後に早速ウィリアムは厳重に保管されている棚から、一つの鍵を手に取る。そのまま早足で死神図書館の入り口前まで来ると、先程棚から持ってきた鍵で扉の鍵穴に差し込んだ。

 だが、いつもすんなりと回る鍵は今日に限って回らない。ウィリアムは試しに扉へ手をかけた。

 一一一開いている?昨日の施錠確認者は確か……。

 それが誰なのか分かると、盛大な溜め息がウィリアムの口から漏れる。

 一一一まったく。

 昨日は休暇であったため、ウィリアムは本部に出勤をしなかった。最終的に本部に残る者には、施錠用の鍵と確認用紙を手渡す。昨日の施錠者は一一一。

 ウィリアムは苛立ちながらも扉を開け、図書館内へと入る。そのまま室内を見渡し、室内から感じる微かな気配の方へ歩き出した。

 一一一ああ、やっぱり。

 ウィリアム何事もなく通り過ぎようとしたソファーにあるモノが視界に入り込む。

 一一一まったく。

 心の片隅では他の誰かであってほしかったが、残念なことにそうもいかなかった。

 テーブルの上に置かれた化粧道具、片隅に置かれたペン、散乱された書類の束、床に落ちた赤い眼鏡一一一。

 一一一グレル・サトクリフ。

 それが誰の所有物であるのかハッキリと証明していたからだ。

「……すー……すー……」

 気持ち良さそうにソファーの上で眠り、枕代わりにしているのか、女性のように手を合わせて眠る死神グレル。

「グレル・サトクリフ」

 ウィリアムは眼鏡を押し上げ、グレルの名前を呼ぶ。だが、まったく起きる気配がない。

 仕方なく自分が所持しているデスサイズでグレルの頭を殴るのだが……。

「……う、ん……っ」

 深い眠りからグレルが目覚めることはなく、微かに呻き声をあげるだけだった。連日連夜の仕事の疲れが溜まっているのだろう。

「グレル・サトクリフ。……今すぐ起きないとその真っ赤な髪をぶち抜きますよ?」

 眼鏡をデスサイズで押し上げ、冷たい眼差しを向けるウィリアム。まったく目覚めようとしないグレルの髪に手を伸ばした時だ一一一。

「……ん。だ、め……」

 無意識の抵抗なのだろう。グレルは小さな呻き声をあげて寝返りを打つ。

 乱れた髪から見えた寝顔に、ウィリアムの手が止まった。

「……っ、か……まったく……」

 まるで微笑んでいるようにも見え、半開きになったピンク色の唇から、ほんのりと白い吐息が漏れているのが見えた。その寝顔にウィリアムは思わず「可愛い」と言葉を口にしてしまいそうになるが、ズレ落ちた眼鏡を動きの止まった手で支えてなんとか踏み止まったのだ。

 一一一私としたことが。

 今はまだ出勤をしたばかり。襲いかかる欲求を押さえ込むようにウィリアムはテーブルに散乱された書類に目を通した。

「……どうやら、仕事はきちんとこなしているようですね」

 そう言って書類に確認済みの判を押すウィリアム。ぐっすりと眠っているグレルにもう一度視線を向け、一呼吸をしてから傍へ近づき、そっとグレルの顎を持ち上げた。その唇にら自分の唇を重ね合わせたのだ。

 一一一10秒一一一30秒一一一1分一一一一一。

「一一一ん、うっ!?」

 満足に息も吸えず、ソファーの上でジタバタと暴れ出すグレル。

 一一一何!?何なの!?

 じたばたと暴れだすグレルを解放するように、ウィリアムは唇を離す。

「一一一ぶはっ!?ち、ちょっと!なんなの……ウィリアムっ!?」

 訳もわからずグレルは目を覚まし、目の前にいるウィリアムを見て驚きの表情を浮かべる。

「おはようございます、グレル・サトクリフ。書類確認は先ほど終了しました。貴方にしては随分と頑張ったみたいですね。……ですから特別に、今日は休暇を与えます。自宅に帰ってゆっくり休息を摂りなさい」

 その言葉に何度も目を瞬かせるグレルをそのままに、その場からウィリアムは去っていく。

「……ま、待ちなさいよ!」

 と、背後から腕を力強くグレルに捕まれてしまった。

 何事もなかったかのように振る舞うつもりだったウィリアムは、不快そうに眉を潜める。

「何です?私は貴方と違って忙しいのですよ?」

 掴まれた腕を振り払わず、仕方なくウィリアムはその場に佇んでグレルの言葉を待つ。

「明日はアタシがウィルを起こしてあげるわ!だから楽しみにしていてネ?」

「……貴方が私より朝早く起きたことなどありましたか?」

 意外な言葉。そのせいかウィリアムは言葉を返すのに少し遅れてしまった。

「……そ、それは……」

 目の前ではグレルが言葉に詰まり、うっと怯んでいる。その隙に掴まれた腕を離すウィリアムは眼鏡を手で押し上げ、一息ついた。

「まあ、いいでしょう。幸いなことに明日のスケジュールは休みになっていますから。……では、私は早朝会議に行ってきます」

 その言葉にグレルは暫くポカンとした表情を浮かべる。

「……ウィルのモーニングキッス……」

 仕事に向かうウィリアムの背中を見送るグレルは、先ほどキスをされた唇を舌でペロリと舐めた。

「ンフッ、今日は良い一日になりそうネ。さ、早く帰る準備をしまショ」

 その日、グレルが死神図書館を出るまでの間、館内には綺麗な鼻歌が響き渡った一一一。



*end*
(2009/12/30.改訂)
あとがきあり。
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