小説

□ミルクキャンディーのように、甘く、甘く、濃厚な…
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 ここは死神派遣協会本部。

 周囲に並び建つ建物の一部の窓は、ほとんどが閉じられている。

人間界と違い、死神界には朝も昼も夜も存在しない。だが、ある一定の時間が過ぎると太陽が出たり、月が出たりするのだ。それは神が創った偽物であり、繰り返し作業を行う死神への気分転換になればと創られたとも言うが、実際の理由は神しかわからない。

「……やっと……終わったワ……」

 とある小部屋にて。ぐったりと疲れた表情を浮かべ、机の上に突っ伏すのは死神グレルだ。

 一一一切り裂きジャック事件。人間界ではそう呼ばれていたが、その事件の犯人であった人間と共犯だったグレル。様々な理由もあり、瀕死の状態になるまで怪我を負い一一一怪我の半分は、ウィリアムのせいでもあるが。その事件が原因で謹慎処分をグレルは受けることになった。

 グレルの周囲にはまるで行く手を阻むかのように、ドッサリと山積みされた書類の束が重ねられている。謹慎中のため、部屋から一歩も出られず、自分が担当する仕事だけでなく、別の部署の仕事も引き受けさせられることになった。連日連夜、ウィリアムの代わりに毎日書類を運び、確認作業を行うのは別の部署に所属する死神だ。

 ウィリアムはといえば、規定違反を犯したグレルの尻拭いをするため、本来はやらない派遣員の仕事を行うことになり、毎日のように死神界と人間界を行き来していた。そのせいでウィリアムと会う機会が少なくなってしまったのだが、嬉しいことに今日はグレルの仕事具合の様子を見に来てくれたのだ。

 グレルにしてみれば嬉しいことなのだが、仕事の疲れか心から喜ぶ体力がもう残っていない。

「これに懲りて、自分が犯した罪を反省しなさい。……まったく。私があの場所に居合わせなければ、今頃貴方はこの世界から消滅していましたよ?」

 撃沈するグレルを見ても、慰めの言葉など一度たりとも口にしないウィリアムは椅子に座り、丁寧に書類を確認していく。

 ろくな睡眠すらとっていなかったのだろう、背伸びをしながらグレルは大きく欠伸をひとつ掻いた。

「……もう、コレのせいで満足に手が動かせなかったワ。それに、なかなか眠つけないし……」

 動く度にジャラリと音を出す鎖。それはグレルの両手足につけられ、重りとして床には三つも鉄の鉛が置かれていた。何もそこまでしなくてもと、事情を知らない者が目撃をすればそう思うのだが、それには誰でも納得する理由がある。

 謹慎中は外の出入りは一切禁止。何をする時も何処へ行く時も必ず監視役がつく。そんな日々にたった三日という短さで、痺れを切らしたグレルは「外の空気を吸ってないと生きた心地がしないワ!」などと雄叫びをあげて脱走を試みたという。残念ながらたまたま様子を見に来たウィリアムに捕まり、遠慮なしに顔面を蹴りつければ「外の空気が吸いたければ窓から吸えばいい」と、グレルの髪を引っ張って窓の外から突き落とそうとしていたとか。

 その後、強制的に拘束具を取り付けられたというわけだ。

 ちなみに鉛を三つにした理由はグレルの馬鹿力を考えて増やしたらしい。乙女に対して失礼じゃない、というグレルの意見もあったのだが、その意見をウィリアムは無視したのはいうまでもない。

「まあ、いいでしょう」

 ようやく無言だったウィリアムの口からその言葉が漏れると、爆睡をしていたグレルの頭をデスサイズで殴りつけて起こした。

「一一一んぶっ!?ちょっと!ぬわぁにすんのヨ!」

「まだ貴方の仕事は終わってないでしょう?眠気覚ましにその書類を私の部屋に運びなさい」

 涙ぐむグレルの文句の言葉を無視するウィリアムは足枷に取り付けられた鉛を外すと、そのままひとはし先に執務室へと歩き出した。取り残されたグレルは重たい身体を動かし、椅子から立ち上がる。

「わかったわよ!運べばいいんでショ!?運べば!」

 まだ両手足につけられた鎖のせいで不自由があるものの、部屋を出られるということもあり、気分転換になるだろうと仕方がないといった様子でグレルは書類を手に部屋を出た。


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