染まらない華
□Bitter Suite
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Bitter Suite
偶然…それを見掛けた。
人気を避ける様に向かうその姿を…。
見なければよかったと、後悔をした。
興味本位で後をつけたその先で…。
あの人は…。
静かな…、切り取られた空間のような廊下を歩いていた。
その歩く音は、吸い込まれていく様に静かに消え、廊下の澄んだ冷たさはその身に纏わり付く。
階段を上がったその先、授業であまり使われていない孤立した教室の戸を静かに開けた。
そこに置かれた古びたピアノを、窓から差し込んだ柔らかな光が優しく照らしている。
中に入り戸を締めると、惹かれるままそのピアノに近づいた。
そして、鈍い光沢を放つそのピアノの蓋を開け、その鍵盤を一つ…弾いた。
『ポーン…』
本来の音より、少し擦れたその音に苦笑を浮かべる。
「狂ってる…」
小さく呟いたその声は震えていた。
狂っているのは俺だ…。
男が男を愛するなんて、狂ってる以外のなにものでもない。
偶然見たあの光景が…、脳裏に焼き付いている。
チョコを受け取るあの人を見て、そしてその相手に嫉妬した。
自覚したその想いを封じてしまう様に、静かにピアノの蓋を閉じた。