その他短編

□気まぐれ神様
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生徒が殆ど帰り、教室が夕日に照らされ黒板もオレンジに染まる頃。
彼女は唐突に呟いた。

「世界の終わりを見てみたい。」

それは例えばお腹空いたーとかお金ほしいーとか言うように簡単に。
でも実際はそんな簡単な物ではない。
ついでに言うならば球磨川の前で言ったら絶対に「『じゃあ見せてあげるね。』」なんてことになりかねない。
近くに球磨川は居ないだろうかと辺りを警戒する俺の気持ちも知らずに彼女は続ける。

「ガラスの器を床に落とすように劇的に終わるのか、消しゴムで文字を消すようにあっけなく終わるのか。
 はたまた痛みを伴うものなのか終わったということすら気付かないのか。
 人吉くんはどう思う?」

よりによってそれを俺に振るか。見てみたいとは言いながらも無気力そうな目を俺に向け意見を待つ。
確かにちょっと前までテレビでは何年にこんな災厄が降りかかって人類はおろか大半の生物が絶滅してしまう―――なんて内容を放送していた。
俺は失敗して明らかに食えない料理でも見るような目で見ていたのだが。

「俺としては終わるっていう実感が欲しい所だな。
 いつ終わるかが分かれば一番いい。」

「興味深い意見をありがとう。理由を聞いてもいい?」

別段隠す必要もないが特に大した理由があるわけでもなく何となくそう思った、程度なんだが。
それらしい理由でも並べるか。こいつならそれも見破りそうだ。

何を考えてるか分からない過負荷で異常な普通の女子。それがこいつ。
といってもなんかスキルがあるわけじゃね―けど。

できれば分かるとしても唐突にじゃなくてそうだな、一ヶ月前に知りたい。
そうすればその間にやっておきたいことで出来る範疇の事はできるしな。
なんて、思いを語ってみた。
するとよかろう、とでも言うかのように深くゆっくりと頷き言った。

「話は変わるけどさ、私が神様だって言ったら驚く?信じる?」

「お前が神様だって言ったら驚かねえし信じねえ。逆にありえねえって笑ってやるよ。」

こんな神様居てたまるか。
人を食ったような女が不知火なら人を飲み込むような女はこいつだ。

とにかくありえないの一言だ。某国民的アニメのキャラが年を取るよりありえねえ。
つーかもし本当だったら神様がなんでこんな平凡なとこにいんだよ。ある意味平凡じゃねぇけど。

「神様だって言うなら証拠見せてみろよ。」

「証拠?じゃあ問題。私はいつからこの学園にいたでしょう?」

「は?」

そんなの決まってんじゃねぇか。もちろん、

あれ?入学式にこいつ居たっけ?ていうかこいつ何年で何組だ。いや俺が覚えてないだけだ。記憶力悪ぃな、俺!
携帯でめだかちゃんにでも聞いてみよう。めだかちゃんならきっと覚えてるはずだ!

「もしもし私だが」

突然で悪ぃんだけど、名前って何年何組だっけ?

「名前?誰だそれは。」

めだかちゃん冗談はやめろよ。俺は真面目に聞いてんだぜ?
あんなに仲良く話してたじゃねぇか、おい!

「善吉、何の悪戯だ?悪いが用がないのなら切らせてもらう。今丁度忙しいのでな。
 また今度にしてくれ。ではな。」

冷たい電子音が響く。
嘘だろ?いや、めだかちゃんが人を忘れるわけがねえ。
てことは…。

「ようやく信じる気になった?あれだったらめだかちゃんの記憶戻してあげようか?これで信じるでしょ?
 今かけられたっていう記憶は消しておくからさ。ほら、かけてみてよ。」

言われるがまま、半信半疑のままめだかちゃんにかける。

「もしもし、善吉か?一体どうした。」

あ、あのよ名前って何年何組だっけ?

「何を言っておるのだ。貴様と同じクラスではないか。忘れてしまったのか?」

いやちょっとな。悪ぃ。ありがとよ。それじゃな。
今度は自分から切った。
何だよさっきと言ってることが全然違うじゃねーか…。
信じる以外の選択肢を全てたたき壊された気分だった。
目の前でどや顔をしている神様はこう言った。

「最初に私が言ったあれはどちらかというとアンケートの意を含んでいたんだよ。
 それに君がなんて返すか、それで世界の命運を決めてみたんだ。
 人吉くん。君は何て言ったか覚えているかい?」

俺は…終わる実感がほしいって言ったんだよな。出来れば一ヶ月前には終わる日を知りたいとも。
ていうか神様、俺なんかで命運決めてんじゃねぇよ。もっと選ばれた人間って感じのヤツにしろ。
待てよ。つまりは?

「気付いちゃった?今日から一ヶ月後。
 その日に世界を終わらせるって決めた。
 決めただけで実行に移すのは一ヶ月後だけどね。
 まあこの世界を残したままにしておく価値が一ヶ月以内に見つかれば終わらせないかも知れないけど。
 それはないかな。目新しい物は特になさそうだし。」

「いーや、神様、てめえはまだ知らないことがある。」

「てめえ呼ばわりか、なかなかいい度胸してるね。
 で、まだ知らない事って何?」

ハッタリじゃないけど確信があるわけでもなく、結構命がけだ。
何しろ人類の命運がかかってるからな。
名前はつまらなさそうに俺に背を向ける。
その小さな背中をしっかりと抱き締める。
出来るだけ優しく、そして強く。

「それは恋愛だよ。」

日はすっかり沈みきっていた。

気まぐれ神様
 

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