小説
□気づくまでの時間は・・・
2ページ/2ページ
もどかしくて、我慢の限界だった。
この大事なタイミングで出てもいいのかと言われると、ダメと答えるべきだろう。
けどな、うざいんだよ、『士郎』が!
はっきり言えよ!
謝れよ!ふざけんなよって感じなんだよ!!
それに、きっと、このままじゃらちが明かない。
俺が出て、せめて荒谷が逃亡しようとするのを阻止してやるしかないじゃないか。
あのバカ『士郎』が言葉をまとめるまで、言いたい事をまとめるまで。
「荒谷、大人しくしろって。」
「うを!アツヤ君?」
暴れるのを止めて大人しくなる荒谷。
ああ、可愛いし、素直だよな。
なんで、『士郎』なんかが好きなんだろうな。
俺だったら、俺を好きになってくれてたなら、絶対悲しませたりしないし、絶対幸せにしたのに。
くっそ、『士郎』恨むぞ、お前を。
「たかが失恋ぐらいで部活サボるなよな。真都路が怒ってたし、士郎は気づいてなかったけど、殺すぞって目で士郎を睨んでたぞ。」
怖かったな、あの目は。
さすが、熊をも素手で倒す女だ。
正直、その強さをサッカーで活かせないかと思ってしまう。
もちろん、荒谷の体力とスピードに関してもだ。
本当にどいつもこいつも基礎能力値は無駄に高いくせにサッカー以外でしか発揮できないんだから、困りものだ。
これじゃあ、いつまで経っても白恋は弱小チーム扱いのままだ。
「アツヤ君からすれば、たかがでも、私にはね、凄く勇気がいる事だったんだべ。」
「う、まあ、そりゃあ、そうだろうけどさ。」
「それにね、振られるの覚悟はしてたんだべ。でも、でもね、頑張って言ったのに、気持ち、ちゃんと伝えたのに気付いて貰えなかった。それがね、凄く、悲しいんだべ。」
確かに、気づいて貰えなかったのは悲しくてショックだっただろう。
それは、分かるし、『士郎』が悪いと思う。
あんなに一生懸命な表情で、あんなに真剣な目で荒谷は『士郎』を見ていたのに、気付けなかったんだから。
なんで、荒谷にとっての特別は、好きだと思える相手は『士郎』なんだ?
なんで、俺じゃダメなんだ?
そう思っても、どうする事も出来ないから、諦めるしかない。
どうせ、俺は『士郎』が作り上げた人格だ。
おまけともいえる存在なのだ。誰も俺を見てくれはしないし、好きになどなってはくれないだろう。
それは分かっている事なのに、胸の奥が苦しい。
俺が『士郎』だったら、荒谷を傷つけたりしなかったのに、なんで、俺がおまけなんだよ。
そう言いたい。
「なあ、荒谷。あいつのどこがいいんだ?」
『士郎』にあって俺にない物ってなんだ?
何が荒谷にとっては大切なんだ?
「さあ?どこだったんだろう?よく分かんないべ。でも、好きなんだべ。今までの関係を壊してでも、好きって言いたいぐらい、好きなんだべ。」
どこに魅かれたのか、荒谷自身もよく分かってないのかよ。
なんで、『士郎』はなにもしなくても、女に好かれるんだ?
理由が分からない。
てか、あいつが表に出ている時だけ変なフェロモンでも出てんじゃねぇか?
そう思わずにはいられない。
「まあ、もういいか。とりあえず『士郎』が何か言いたいそうだ。」
邪魔者はさっさと消えるに限る。
俺は『士郎』にバトンタッチして奥へと引っ込んだ。
目を合わせてはくれない。
それは、仕方ない事だろう。
それでも、いつもは目を合わせて話してくれていただけに寂しい。
目線が合わないから必死に顔をあげている姿を見れないのが寂しい。
でも、それは全部、僕が自分で招いた事なのだ。
あの時、いつものように僕を見つめ、必死に思いを伝えてくれた荒谷の気持ちに気付けなかった僕が悪いのだ。
だから、素直に謝ろうと思う。
と言うか、謝らなくてはいけない事だから、謝る。
そして、もしも荒谷が僕を許してくれるなら、もう一度、あの時と同じ気持ちをぶつけてくれるなら、今度はちゃんと答えよう。
「荒谷、ごめんね。」
と、言うと荒谷は
「もう、良いべ。」
と、言ってはくれたものの許してはくれていない。
声は暗く重たいままだから嫌でも分かってしまう。
荒谷は本当に正直で素直だな。
だから、何かあってもすぐに分かってしまうし、気づいてしまう。
なのに、あの時だけは気付けなかった。
本当に、どうして気付けなかったのか不思議で仕方ない。
「荒谷、あのね、まだ、あの時と同じ好きって感情を持ってる?」
そう問いかけると荒谷は
「それは、忘れて欲しいべ。」
と、言ってどこかへ行こうとしてしまう。
慌てて荒谷の手を掴み
「荒谷の事、好きなんだよ。いつも荒谷には笑顔でいて欲しい。もう、悲しませるような真似しないから。だから、逃げないでよ、荒谷。」
自分なりに精一杯、思いを口にした。
けど、その言葉は届かない。
あの時、荒谷がどんな思いだったのか僕に届かなかったのと同じように、今度は僕がどんな思いなのか荒谷に届かない。
まるで、行き違う事しか許されないような、そんな理不尽な何かが僕たちの邪魔をしているみたいで、凄く、気分が悪い。
どうして、ちゃんと思いは届かないのだろう?
どうして、荒谷とは思いが通じ合わないのだろう?
その理由が僕には分からない。
不器用な『士郎』。
本気の恋にだけは疎いんだよな、こいつ。
どうして、素直な言葉にできない?
どうして、妙にまどろっこしい言い方しかできない?
率直に伝えなければ、お前と同じで不器用で疎い荒谷には通じないと言うのに。
不思議なところが似ている。
だから、惹かれあうのだろうか?
俺は『士郎』みたいに不器用じゃないし、恋に疎くない。だから、荒谷は俺には惹かれないのだろうか?
まあ、そんなのどうでも良い事か。
荒谷がこれ以上悲しい思いをしないようにしてやることが、俺なりの思いを伝える手段と言う事にしておこう。
いずれ俺は消える存在だろうから、伝わるような思いの伝え方をしてはいけない。
荒谷が悲しみ、傷つくから。
作られた俺はいつか消えてしまうだろう。
『士郎』が何が大切かに気付いた時、俺と言う存在は必要なくなるのだから。
だから、それまでは俺が2人を繋ごう。
近い未来、自分達の気持ちの繋げ方に2人が気づくはずだから、それまでの短い間、俺が2人を繋ごう。
それぐらいしか俺にはできないから。
「荒谷。良い事教えてやるよ。士郎の好きも、お前の好きと同じだぜ。その思いから逃げる逃げないはお前次第だ。」
そう囁くと荒谷は驚きながら俺を見つめた。
半信半疑といった表情だが、それで良い。
疑っていれば『士郎』は気づき、追い詰められてシンプルな答えを与えるだろうから。
伝え合って、気づいてこそ、意味があるだろうし。
伝えるために必要な言葉が浮かばない。
僕にとって荒谷が特別なのだと伝える言葉が浮かばない。
伝えなければいけない事なのに。
『アツヤ』の言葉でようやく立ち止まり、聞いてくれる気になった荒谷に伝えたいのに伝えられない。
好きって言う思いを伝えきる事がこんなにも難しいなんて知らなかった。
それでも伝えたくて、なんとか言葉を探した。
そして、勇気を振り絞り
「あのね、荒谷・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・僕と、僕と結婚してください!!」
と、言った。
「話し飛び過ぎだべ!それ!」
『恋人って段階すっ飛ばしてどうする!!』
荒谷と『アツヤ』両方からのツッコミが入った。
頑張って、必死に考えた言葉だったんだけど2人は納得いかなかったらしい。
まあ、冷静に考えても、話し飛び過ぎだよね、いきなり結婚は。
やっぱり、結婚を前提にお付き合いしてくださいって言うべきだったのかな?いや、それ以前にそんな半世紀前の告白の言葉しか出てこないってどうなんだろう?
なんで肝心な時に気のきいた一言が言えないんだろう・・・・・・。
まあ、もう、言ってしまったものは仕方ないからその変な路線を守ってみる事にしよう。
「結婚がダメなら、結婚を前向きに考えながら付き合ってください。」
「その路線で押し通しちゃうんだ・・・・・・。」
「ダメ?」
今さら路線変更するのもカッコ悪いし、それに、なんか、さっきと違って暗い空気も消えたし良いんじゃないかなと思ったんだけど、ダメだったんだろうか?
そう思っていると荒谷は困った表情を浮かべながら
「ホントに私なんかでいいんだべ?吹雪君なら相手はいっぱいいるし、その、気を使ったり、罪悪感とかでそう言うのは言わなくてもいいんだべ。」
どうしてそう言う事を言うのかな?
僕は特別だって思えるような相手じゃなければ、こんなにも必死になれないし、変な路線を突っ走ろうだなんて思わないよ。
そもそも、罪悪感とかで恋人になってなんて失礼な態度とるような人間じゃないんだからね、僕は。
そりゃあ、デートぐらいはするけど、でも、恋人ではないから、そこは違うんだよ。
「僕は荒谷と真剣に付き合いたいんだ。それが、今の僕の気持ちだよ。罪悪感でも何でもない。好きだから、結婚を前提に付き合って欲しいんだ。」
「まだ、その路線で行くんだ・・・・・・。ホントに私なんかで良いべ?」
「荒谷が良いんだよ。」
「えっと、えっと、よろしくお願いしますだべ。」
頭を下げてきちんと挨拶してくるところが可愛いよね。
そんなに硬くならなくてもいいのに。
ホント、どうしてこんなに可愛い荒谷を僕は傷つけたりしてしまったんだろうね。
ありえないっていうか、真都路が怒り狂うのも分かるよ。
まあ、何はともあれ、僕と荒谷は恋人同士になっちゃったわけなんだよね?
う〜ん、荒谷の保護者的な真都路と空野と喜多海と烈斗を説得するの大変だろうな。
でも、後悔はしていないし大丈夫だ。
相思相愛の可愛い恋人の為を思えば、それぐらいの壁は乗り越えられるだろうから。
でも、報告する前にしておきたい事があるんだ。
「荒谷、真都路たちに報告する前に勇気が欲しいんだよね。と、言う訳で目をつぶって。」
「え?あ、うん。分かったべ。」
なにされるか分かってないんだろうけど素直に目をつぶる荒谷。
素直なんだよね、ホント。
てか、それを分かっていて目をつぶってなんていう僕はちょっと、根性が悪いかもしれない。
でも、そうじゃないと、たぶん、やっていけないんだ。
だって、荒谷って凄く恥ずかしがりやで照れ屋さんだから、分かりやすくキスしようとしたら逃げられちゃうしね。
まあ、そんな荒谷の唇を奪うのに少なからずの抵抗はあったけど、でも、一度芽生えた衝動は押さえつける事が出来ない。
だから、何をされるか分かっていない荒谷の唇にそっと唇を重ねた。
抵抗はしてこないし、逃げる素振りもない。
恋人同士になったから受け入れてくれたのかな?そう思って、唇を離してみると、荒谷は驚きのあまり石化してしまっていた。
可愛い反応だね、本当に。
そう思って見つめているとハッと正気に返った荒谷の顔が赤くなって、恥ずかしそうに俯いてしまった。
そんな荒谷の手を握って
「さ、勇気1000倍になったし、真都路たちに報告しに行こう。」
と、言った。
「う、うん。」
小さく頷いてから歩き出す荒谷。
そんな荒谷の歩調に合わせながら、手を繋いだまま僕たちは歩いた。
気まずくなったり、笑ったり、照れたり、ふて腐れたり、そんな事を繰り返して行きながらゆっくりと進んでいく。
待ちうけるのは真都路と言う名の強敵。
でも、大丈夫。
この手にある温もりが勇気をたくさんくれるから。
この手を手放したくないと言う思いだけは強いから、きっとなんとかして見せる。
ついさっき、僕たちは手を繋いで歩けるようになったばかりだから頼りないかもしれないけど、でも、繋いだ手はしっかりと握られている。
だから、絶対大丈夫。
そう言い聞かせ、進んで行った。