小説

□気づくまでの時間は・・・
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好きって言葉の意味が分からなかった。

その好きの中に込められた思いに気付けなかった。

どんなに勇気を振り絞ったのかさえ分からずに、ただ、仲間に向ける、いつもの笑顔を向けて



「僕も荒谷の事好きだよ。」



そう言って、傷つけてしまっていた。

大切な仲間で、いつも笑顔でいてくれる大切な存在だった。

たとえ、そう言った特別な好きと言う感情を抱く事はなくても、他の女の子達のように休日に遊びにいったりすることはなくても、大切な存在ではあった。

でも、傷つけてしまってからは、泣かせてしまってからは、笑顔を見ていない。

話す事さえ少なくなった。

だから、だろうか?

余計に消えてくれないのだ。



「そうじゃないべ。そう言う意味じゃ、ないんだべ。・・・・・・吹雪君の、バカ。」



そう言いながら、泣いて、走って行ってしまった荒谷の姿が。

追いかける事は、出来なかった。

走れば、追いつけたはずなのに、追いかける事が出来なかった。

その時は、なんで泣いてしまったのかも、その言葉の意味も良く分からなかったから。

どうして、追いかけられなかったのだろう?

どうして、すぐに気付けなかったのだろう?

その好きにいつもとは違う意味があった事に。

もし、やり直せるのなら、やり直してしまいたい。

あの時に戻って、追いかけたい。

走り去っていくあの小さな背中を。





「吹雪士郎!!あんたは今日、部活禁止!てか、荒谷がカムバックするまで来るんじゃないわよ!!」



と、鬼のような形相で怒鳴ったのは真都路。

荒谷の親友で保護者。

荒谷を溺愛している為、荒谷に何かあるとすっ飛んで来る。

ちなみに、白恋で最強なのは真都路。一番怖いのも真都路。

なんでかって言えば、素手でクマを捻りつぶせるから。

僕と『アツヤ』でさえサッカーボールがあるからクマを倒せるのに、真都路はなにも必要ない。

いるのは、怒りって言う感情だけなのだ。



「あんなに可愛い、もう、これでもかってぐらい可愛い荒谷を泣かせるなんて信じられない!ね?烈斗。」



「え?あ、そうだな!荒谷を泣かせるなんてありえないよな。くっそ、やっぱりお前かよ。吹雪士郎のバカ野郎!!」



と、叫びながら走りさっていく烈斗。

なんで、バカとか言われないといけないのかが理解できない。

ただ、理解できないでいると喜多海が近づいて来て



「吹雪士郎。お前のせいで二人の人間が傷ついた。このバカめが。」



と、言った。

え?2人?

荒谷だけじゃなくて他にも誰かいるの!

も、もしかして、叫びながら走りさって行った烈斗?

でも、なんで?

訳が分からない。



「まあ、とにかく、荒谷が元気を取り戻すまで反省してなさい!あと、喜多海は烈斗を回収して来て。FWいないと困るから。」



「分かった。」



あの、真都路が部活をし切ってるってどうなんだろう?
だって、キャプテンじゃないのに。

まあ、怖いから分からなくもないけれど。





大雪原は今日も綺麗な銀世界。

穢れもなにもなく、ただ真っ白な世界が広がっている。

冷たい雪が心地よく、そして、美しい。

だから、いつもここに来るのだろうか?

雪が大好きな荒谷にとってここ以上に好きな場所なんてありえないのじゃないだろうか?

静かで、心地よく美しい世界。

それは、まるで、幻想とも呼べる世界だ。

そんな場所を苦手とする奴もいるが、俺も『士郎』もこの場所は好きで、そして、荒谷もここが好きだ。

誰もいないと思える場所は、本当に心地いいものだから。

何かにうんざりする必要も、悲しむ必要もない。苦しむ事さえないのだ。

もっとも、『士郎』の場合はこの場所に居ると確実になにもせず眠ってしまい、凍死しかねないが。

何度、そんな事があっただろう?

その度に何度、俺まで凍死しそうになって焦っただろう?

そして、その度に何度、荒谷に救われただろう?

その回数は、さすがに忘れてしまった。

まあ、俺としては荒谷って言う存在は特別として認識している。それは、助けられているから、ではなく、荒谷の傍が心地いいからだ。

なにも言って欲しくない時は何も言わずに隣にいてくれる。

少しでいいから賑やかな場所に居たい時は無邪気にはしゃいで、ちょっとだけじゃれついてくる。

温もりを求めると、ちょこんと膝の上に座ってくれると言うか、言ったら座ってくれる。

その純粋さが、幼さが、時折見せる大人のような一面が、不思議と愛しい。

『士郎』がどう思っているかは、聞く気になれないしどうでもいいが、俺は荒谷が好きだ。

荒谷が『士郎』に抱いているのと同じ感情を持っている。

けれど、荒谷が好きなのは『士郎』であって、俺ではないのだ。

そう、荒谷が好きなのは『士郎』で、俺、『アツヤ』ではないのだ。





広い銀世界に、ポツンと小さな人影があった。

笠をかぶった小さな女の子。

いつもと違って元気がなくて、寂しそうに雪だるまを作っている。

雪で遊んでいる時は、いつだって楽しそうなのに、今日はどうもつまらなさそうだ。

それは、僕が傷つけたせい。

荒谷の好きの意味に気付けず、仲間として好きと言ってしまったから。

せめて、気づいてあげて、その思いと向き合っていたのなら、荒谷はあんな風に泣いて、無駄に傷つくことはなかっただろう。

けれど、傷つけてしまった。

向き合う事が出来なかった。

荒谷の言う好きの意味に気付けなかったから。

考えもしなかったから。

荒谷が僕を好きになるなんて事は。

もし、好きになるとしたら、僕、『士郎』ではなく、『アツヤ』の方だと思っていた。

荒谷は『アツヤ』といる時、とても無防備に『アツヤ』の膝の上に座ったりするから。

僕が言うと絶対に拒否するくせに。

声をかけるべき、なのだろう。

そして、ちゃんと、荒谷の気持ちと向き合いたい。

大きく深呼吸して、声をかけようとしたら



「・・・・・・・・・・・・吹雪君の顔なんて見たくないベ!」



と、叫んでから荒谷は走りさってしまった。

とりあえず、追いかけて見るが、雪があると荒谷は足が速いからな。

まあ、とにかく追いかけないと。

それにしても、なんでそんなに速いんだろう?

いつもはそうでもないと言うか、追いつけるんだけど、こう言う時に限って速いんだよね。

まったく、なんでこんなに速いんだろう?





まったく、なんで逃げるんだ?

そりゃあ、怒るのも無理ないけどさ。

はぁ、それにしても『士郎』が途中で木の枝に頭をぶつけて倒れるとは思わなかったぜ。

そりゃあ、荒谷は小さいから木の枝とかで頭をぶつける事なんてないと言うか、そもそも広い大雪原の真ん中の方に1本だけある木の枝に頭をぶつけると言う事が信じられない。

どうやったらそんなので頭をぶつけるんだ?

森の中なら分かるが、1本しかない木ではぶつけたりしないだろうが。
あー、それにしても、さすがに雪があると動きが良いよな荒谷。

普段の部活もそれぐらいの走りを頼むぞって言いたい。

それにしても、俺がこれだけ全力で走っているのに距離が縮まらないって、意外と荒谷も凄いよな。

真都路には負けるけど。

あれは、ない。

熊を素手で叩きのめすのだけはありえない。

烈斗が泣きながら怯えて、喜多海にしがみ付くのも分かるような怖さだった。

そう言えば、あとで荒谷と『士郎』の決着がついたら、烈斗に謝るなりなんなりさせないとな。

たぶん、あいつ、荒谷に告って玉砕しただろうし。

俺の推測だと好きな人がいるとか言われて振られた揚句、失恋したら俺とかどうだ?なんて言って荒谷に「そう言う事、出来ないべ。ごめんね。」とか言われたに違いない。

そして、荒谷が好きだったのがよりにもよって『士郎』だったんだから、もはや哀れとしか言えないな。

正直、俺が烈斗でも泣きながら走り去るぞ。

あんなイイ子な荒谷が、よりにもよってプレイボーイな『士郎』が好きだなんて、ショックだろ。

しかも、そいつに失恋して、さらに、好きって言ったのに意味をよく理解されないまま好きと言われた事にショックを受けていたとなると、殺意さえ湧く。

俺だって『士郎』には、今回の一件に関しては、腹を立てている。

妬みとか、そう言うんじゃなくて、純粋に腹が立つのだ。

人の気持ちに気付けない『士郎』の鈍感さが、本当にむかついてどうしようもない。

あんなにも、分かりやすい反応や態度を取っていたのに、どうして、気付けないんだ?

どこまで周りを見る事が出来ないんだ?

そう言いたくなる。





追いかけて、やっとの思いで追い付いて、抱き締めた。

息切れして、言葉が出ない。

言いたい事が、なんなのかもよく分からない。



「吹雪君、離して欲しいべ。」



と、言う荒谷。

息切れしてないんだ、あれだけ走ったのに。

なんで、息切れしてないんだろう?

普段なら絶対に息切れしてるのに。



「ねえ、離してよ。」



嫌だよ。

離したら、また逃げるんでしょ?

そう言いたいのに、声が思ったようにでなくて、ただ、さっきより強く抱きしめるしかできなかった。

離してあげないっていう意思表示の仕方が、今はそれしかできないのだ。



「吹雪君、お願いだから離してだべ。」



そう言われても、離したくないから、離せないよ。

謝らないといけない事があるから。

そう思っているのに、言葉が出なくて、どうしていいのか、分からなくなって行ってしまう。
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