小説

□Letyourselfcry
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守、と口に出して呟いてみた。
同じチームでサッカーをしていたあの頃はつい昨日のことのようなのに。
今や彼はテレビでしか見られない。
チーム最年少、期待のゴールキーパーとして日本代表になったのは8年前だ。
そして今回もまた引き続き、代表のゴールキーパーを務めている。

ゴールキーパーの黒いユニフォームを来た守が宙を舞った。
相手のフォワードが撃ったシュートをギリギリのところで止めたのだった。
ホイッスルが鳴る。試合終了だ。
2対1、日本代表の逆転勝利だった。
テレビに大きく映された守の顔は屈託無く笑っている。
苦労に苦労を重ねてきたというのに、変わらない笑顔だった。
いや、やはり疲れが見える。
聞こえないと分かっていてもオレはもう一度、守、と呼んでみた。

円堂守はオレにとってのサッカーだった、
いや違う、サッカーがオレにとっての円堂守だったというべきか。
どちらにせよ守と出会っていなければ、
エイリア学園が崩壊した後もサッカーを続けていたかどうかは謎だ。




本当に監督になってしまった瞳子姉さんからお日様園を継いで7年という月日が流れた。
最後に守と会ったのは最近だったような気もするし、何年も前のことのような気もする。
守はケーキを持って会いにきた。この辺りで一番高くて美味しいと評判のケーキだ。
お日様園の午前中は、とても静か。子供たちは学校に行っているか、幼稚園に行っているか、
お昼寝をしているか、だ。

「ヒロトとは、もう会えない」

ゆっくりと、その言葉は紡がれた。

「結婚することになったんだ。だから…」

もう、会えない、か。
予想はしていた。いつかこんなふうに別れが来るとは覚悟していた。
守とオレはもう立場が違ってしまっているし、何より同性だ。
写真で見た彼の結婚相手は綺麗な女性だった。



結婚式に呼ばれたが行かなかった。
守を憎いとは思わないが顔を合わせたくなかった。
会えば傷つけてしまいそうで怖かった。
もう二度と会えないだろうが、全て受け入れた上で守の幸せを祈ろうと思った。
そうすることで醜い感情も浄化され、自分も救われる気がしたからだ。


そして2年前から守の子供を預かっている。
彼の奥さんは子供を産んで間もなく亡くなったそうだ。
詳しいことは聞けなかった。
守は日本になかなか帰ってくることができない。
それに彼は強い。悲しみも何もかも笑顔の下に隠してしまう。
きっと守も孤独なのだろう、と勝手に想像した。




テレビに映った守を彼の子供に見せてやったが、きょとんとしている。
守にそっくりの瞳をくるくるさせるばかりだ。
こうして見ると、この子には別人のように映るのかもしれない

オレはこの状況を喜んでいる。
一度は諦めたというのに。
この子がいればまた守に会える。
会えないよりはいい。



守は自分の心をオレに打ち明けてくれないし、
オレもどう接すればいいのか実のところわからない。
ただ確かなのは、オレと守は一緒に幸せにはなれないということだ。
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