<短編−弐−>

□頑張れなんて言わない
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毎日が忙しい。まだ慣れない家事を熟しながら、その中で薬草の種類、調合の仕方を覚え、巫女見習いということで楓ばあちゃんについて教わりながら、毎日の修業に励む…。
流石に疲れがたまってきたのか、近頃から気怠い身体にしっかりしなさいと、叱責をしつつ小屋に入ると、今日も先に犬夜叉が仕事から帰ってきていた。最近はこの状態が常で、遅れて帰ったあたしは「直ぐに夕飯の支度をするから」と、慌てて竈の前に立つ。その時、不意に肩を掴まれて、気が付いたら犬夜叉に抱きしめられていた。

「犬夜叉?…なに、どうしたの?」
「………」

突然のことに驚きながら、夫の名を呟く。でも何も言ってくれなくて、見上げてみると、些か怒ったような表情を浮かべる犬夜叉の視線とぶつかった。

「おめえ、ちったあ休めよ。頑張りすぎだ」
「え?」

突然の、突拍子もない犬夜叉の言葉に一瞬何を言われているのかわからなくて、戸惑った。

「頑張りすぎって…?」
「おめえ、毎日毎日朝から晩まで齷齪(あくせく)しながら飛び回って。それが悪いことだとは言わねえ。けどな、何も、顔色が悪くなるまでするこたぁねえだろ」
「あたし、そんなに顔色悪く見える?」
「大いにな。今も言ったが、頑張りすぎだと思うぜ?」

あたしにとってはとても意外な言葉だった。そんな自覚はこれっぽっちも無かったから。そりゃ、少し疲れたかなとは感じていたけど、時間がかかるのは、まだまだ不慣れであるということと、要領の問題かなと思っていたから。それをまさか、頑張りすぎだと言われるなんて……ふと、頬を濡らすものにあたしはギョッとした。

あたし、泣いて…る?

「俺は、『頑張れ』なんて言わねぇ。お前の場合、それを言うと必要以上に頑張ってぶっ倒れかねないからな」

犬夜叉の指が涙を拭ってくれる。その仕種があまりにも優し過ぎて、涙がとめどなく溢れてきた。
何処か、焦っていたのかもしれない。早くこの時代に慣れようと、駆けずり回って、出来ることは自分でするようにとしていくうちに、逆に自分を追い詰めて余裕が無くなっていた。
その証拠に……。

「辛かったのかもしれない」
「ん?」
「まだまだ不慣れなことが多過ぎて。でも、やらなければいけないことはたくさんあって。色んなことが山積みになってて、でも、自分の中でそれを処理出来無くなってしまうと思ったら、辛いの」
「そうか…」

涙が止まらない。

「かごめはよくやってる。だから、余り気を張るな。それに、辛いなら辛いと、俺に言ってくれ。どんなことでもいい、俺を頼って欲しい」
「うん……ありがとう、犬夜叉…」

犬夜叉が優しく頭を撫でてくれる。それがとても心地好くて、夫の胸に顔を深く埋めた。

今のあたしに、誰もが言いそうな『頑張れ』の言葉を言わない彼の優しさ。あたしでさえも気づいていなかったあたしの心にを犬夜叉が気付いて、ずっと心配してくれていたことが、とても嬉しかった。



Fin
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