<短編−弐−>

□光をつかんで
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柔和な光りは、この季節のものとは思えなくて、おれは思わず目を眇めた。天を覆い尽くす空も、蒼色と乳色が絶妙な色合いを出しているようで、この季節はもの寂しいはずだっていうのに、どこか、優しい…。


久々に、おふくろに逢いたくなって、かごめたちを連れて、とんでもなく時期外れな墓参りに来た。
今が頃合いの彼岸花をそえて、小さな墓標の前で佇み、物思いに耽る。たどたどしく、かなで『いざよい』と掘られた標。この碑を掘った時の、爪の折れる感触、滲む血のあたたかさは、すでに無い。おふくろを失った哀しみとともに、既に昇華されている。おふくろも今は、静かにここで永眠(ねむ)っているだろう。時折、おふくろを思い出しては記憶の中でおれは目を細める。だから、こうしてたまに、妻とガキたちを連れて訪れることが出来る。
そして同時に、親父にもう一度会ってみてえな…と思う。
親父に会ったのは、叢雲牙の一件が最初で最後。いや、親父にしてみれば、おれが生まれた時に顔を見てんだろうが、その時のことをおれが覚えているはずもねえ。
この地に、急に足を運ぼうと思ったのはガキたちとの些細なやり取りゆえだった。


『父上、お祖父さまは、どんなひとなの?』
『…さあ、な』
『じゃあ…父上とお祖父さまは、どっちが強いの?』
『そりゃあ……親父の方だろうよ』


兎角、昔噺好きな冥加に何を吹き込まれたか知れねえが、突然ガキどもにそんなことを聞かれて、そして、思い出した。
あの一件が終わる間際、ぼんやりとした光の中で親父は妙なことをおれと殺生丸に言って、逝ってしまったな、と。


「犬夜叉、どうしたの?ボーッとして」
「…ん?」


暫く、瞑想に耽っていたおれはかごめの声で現実に引き戻された。


「いや、何でもねえよ。気にすんな」


向こうの花畑で、彼岸花だけじゃ…と、ガキと一緒に墓に供える花を摘んでいたかごめが、いつの間にこっちに来たのかおれの顔を覗き込んでいた。


「そう?ならいいけど…」
「……」


そのまま、かごめの手を取り座らせてその膝を枕に寝転がった。おふくろの墓の隣で、不謹慎かとも思ったが、今だけは許してほしい。
あの時、親父が何を意図としてあの言葉を言ったのか。今ならば、わかる。おふくろとおれを命懸けで守り抜いた親父。竜骨精との闘いで『牙』に於いておれは親父を超えたと刀々斎、冥加に言われたが、さて、それもどんなものかと思う。今、親父が生きているとして、実際にお互いの牙で闘っても親父には勝てないだろう。溢れる光の中の親父は、すべてにおいて『大きく』見えた。だから、そんな親父を超えているなんて、思えなかった。言外に、皆が口を揃えて言う親父の『偉大さ』を教えられたような気がした。


「母上、父上〜」
「お花こんなに一杯摘んだよ〜」


ガキたちが、手に沢山の花を抱えながらおれとかごめのもとに駆け寄ってくる。そうか、と寝転んだまま二人の頭を撫でれば笑い声をあげながら、おれにしがみついてくる。日に日にデカくなってきているが、おれからしてみれば片手で持ち上げることが出来るぐらいに小さい。きっと、親父から見るおれもそのような感じなんだろうな。まぁちはやとさくは、当たり前といえば、そうだけどな。持ってきた花をかごめと一緒に墓に供えてこいと二人を促して、おれは起き上がると、まっすぐに差し込んでくる光に向かって、腕を伸ばし光を握りしめるように拳を握った。
あの時、親父に言いたかったことはなかった……と思う。無我夢中で『親父!!』と叫んでいたような気もするが、今は、親父に言いたいことがある。


−…見てるか、親父。
おれも、守る者があるぜ。


止まっていた風が一気に吹き抜けた。


親父が助けてくれた命だ。決して無駄にはしねえよ。おれは守りつづける、愛するものたちを。


それだけだ、親父



Fin
 

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