<短編−弐−>

□あなたを守りたいから
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あたしの隣で眠る犬夜叉の寝顔は、あどけなくて、穏やかでとてつもなく愛おしい。
こんな風に、彼が無防備な姿であたしの隣で安心しきったように眠るようになったのは、いつ頃ぐらいからかな?
彼と過ごした、過ぎ去った日々を思い返すけれど、思い出せない。それぐらいまでに、いつも、一緒にいたのね。

犬夜叉の穏やかな寝顔。規則正しい呼吸。何かに怯えたり、警戒する事のない今の彼。

ずっと、守ってあげたい…。

そんな思いにかられる。


「…かご…め……」


犬夜叉が小さな寝言を言って、あたしを抱きしめる腕の力が、ほんの少し強くなる。首筋に顔を埋める仕種は、まるで幼い子どものよう。

瞑目して、犬夜叉の頭をゆっくり撫でた。

目の前には、泣き崩れて嗚咽をあげる小さな子ども。美しいはずの白銀の髪は砂埃や泥で汚れ、頬や目の周りには打(ぶ)たれたような、赤い痕があって余りにも痛々しい。
でも、鋭い爪がある手は綺麗なまま。涙を拭う手に紅い染はない。

誰も、傷つけなかったんだね。

そうすることだって、出来たのに。それを考えなかったんだね。その変わり、沢山辛い思いをしたのね。

あたしは、小さな手を顔に押し付けて泣きつづける幼い彼を、力いっぱい抱きしめた。


「とても辛かったよね…。酷く悲しかったよね。でも、これだけは忘れないで。沢山傷付いた分、犬夜叉は強くて、優しい心を持ってるわ。あたしは犬夜叉が大好きよ。人の痛みを誰よりも知ってるあんたが。何があっても、あたしは犬夜叉の味方だからね」


幼かった彼は俯けたままの顔をあげて、にっこりと笑うと、光を纏いながらあたしの腕から消えて、代わりに目に飛び込んできたのは、あどけなく、穏やかな表情で眠る今の彼。


「犬夜叉…」


小さく彼の名を囁いて、夜明け前の月明かりに輝く白銀の髪に指を通した。


「…う、ん?…か、ご…め?」


犬夜叉がうっすらと目をあけた。銀色の睫毛に縁取られた瞼がゆっくりと上がり、その向こうに一筋の金色を見た。
髪に通していた指で、彼の頬をそっと撫でて、口許に口づける。


「まだ夜明けじゃないわ。もう少し眠ってても大丈夫よ?」
「そ、うか…?」
「ええ」


頬を撫でづつければ、心地好いというような吐息が彼の形良い唇から漏れ、一筋の光が再度見えなくなる。また聞こえてきた、穏やかで、安らぎを紡ぐ音に、何故かしら。泣きたくなった。きっと、彼の心が安らぎに満ちているからかもしれない。彼の、邪気もなければ夢魔に侵されているようにも見えない、寧ろ可愛らしい寝顔を見ると。


「あたしは、犬夜叉を守るの。ずっとずっと、犬夜叉が笑っていられるように」


あたしだけにしか出来ないことで。彼の今を、これからを。
過ぎ去った過去は取り戻せない。受けた傷をなかったことには出来ない。全てが事実あったことであり、深く犬夜叉の、綺麗な心を傷付けたことは確か。でも、癒すことはきっと出来る。
犬夜叉が寒いと思うならば、彼を温めるものに。犬夜叉が何かに傷付いて悲しい時は、ずっと抱きしめてあげたい。
そうして、守りたい。優しい心を持つ犬夜叉だから。

だから…。


「安心して、眠ってね」


あたしが、犬夜叉を守るからね。
横を向く彼の頬に、唇を落とした。



Fin

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