<短編−弐−>
□私の愛するひとを紹介します
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長く、沈黙を貫いた井戸が、あたしにそっと語りかけたのは、高校を卒業した早春だった。
高校を卒業したばかりの十八歳。
あたしはその年で、犬夜叉の許に嫁いだのよね。いや、正確に言ったら二十歳になる前ぐらいだったかもしれない。犬夜叉にプロポーズされた時は、既に十九歳の冬を迎えていたもの。
……結婚するの。
犬夜叉にプロポーズされた翌日、珊瑚ちゃんや、弥勒さま。楓ばあちゃんや村の人に、犬夜叉と一緒に生きていくことを伝えた。みんな、おめでとうって祝福してくれたし、お祝いもしてくれた。
でも…ひとつ、心残りがあった。
結婚の報告を、現代にいる友達にしたかった。多分、あゆみたちは犬夜叉のことを『フタマタ暴力男』って、誤解したままなのよね。出来れば、犬夜叉のことを「この人が、あたしの旦那様なのよ」って紹介して、誤解を解いて、少し自慢しかったな。
ちょっと我が儘で、子供っぽいところもあるけれど、でも、強くてかっこよくて、優しいのよって……。
そんなことを、もう永久に繋がらない井戸の底に向かって話してみる。
なんか、未練がましい…かも。
サク…と、草を踏み締める音が耳に届く。
「かごめ」
「犬夜叉……」
犬夜叉が、少し眉間に皺を寄せながらこっちに歩いて来る。
もしかして、探しに来てくれたのかしら?
「こんなところに居たのか。お前な、こんな寒いのにこんなところに居て……身体に障るようなことはするな」
家にお前が居なくてヒヤヒヤしたぞと、犬夜叉は衣を脱いであたしにかけてくれた。
冷たい風に冷えた身体には凄く温かく感じられる。それと同時に日だまりのような犬夜叉の匂いも。
「ありがとう、犬夜叉」
「…ったく。ほら、さっさと帰るぞ」
かしてくれた火鼠の衣をしっかりと被らされて、犬夜叉に手を引かれて歩く。
「ねえ、犬夜叉」
「ん?」
「もしかして、探しに来てくれたの?」
手を引かれて、少し遅れ気味に彼の隣を歩きながら、先程抱いた淡い期待を胸に、彼に聞いてみた。
二人の歩みが止まる。
「…そうじゃなかったら、ここには来ねぇよ」
そう言いながら、犬夜叉がそっぽを向いた。心なしか、仄かに彼の頬が紅くなっているのは寒さのせいだけではないわよね?
照れ隠しに、ぞんざいでぶっきらぼうな言い回しをする彼だけど、行動の一つひとつに優しさが溢れてる。寒空の中、犬夜叉だって寒いはずなのに火鼠の衣をかしてくれたり、わざわざ迎えに来てくれたり…。
急に嬉しさが胸に溢れてきて、犬夜叉の腕に抱き着いた。彼がくすりと笑って、頭を優しく撫でてくれる。
あ〜あ。やっぱり、皆に犬夜叉を紹介したかったな。
強くて優しくて……彼は、あたしの自慢の夫なのよって。
Fin
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