<短編−弐−>

□愛娘
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「いい子にしてろよ?」

私の腕に抱かれた幼子の小さな頭を、娘の父親が笑みを湛えながら撫でる。それでも娘は今にも泣きそうな顔をぶすっとさせて、置いていってくれるなと、縋るような目を父親に向けていた。顔の横に着いた、黒い犬耳も萎れたかのように垂れている。その様がなんと、父親たる青年の少年時代に似ていることかと、私はつい可笑しくなって、自然口元が緩んだ。


「すまねぇな、楓」
「本当にごめんね。ましろをお願いします。じゃあ、行ってきます」
「犬夜叉、かごめ。くれぐれも気をつけるのじゃぞ」


幼い娘の両親が、妖怪退治の依頼を受けて、隣村へと発った。


「ち、ちうえ……ははうえ…」
「ましろ、そう泣くでない。父と母は、日暮れまでには戻ってくるでな」
「………」


私の腕に抱き着いて、ぐずぐずと泣く幼子の頭を優しく撫でてやりながら、衣で包む込む。生まれつき身体が弱い娘。今日も体調が優れず、朝からずっと泣きっぱなしであったと、かごめから聞いていた。
いつもならば、「ばばさま」と笑いながら私の胸に抱き着いてくれるのだが、両親が暫く己から離れるということを感じ取ったのであろうな。ここに来た時から、嫌々と首を振りながら泣き続けていた。因みに、兄ふたりは法師どのの子供たちと一緒に遊んでおる。父親によく似て、少々元気が良すぎるが、この幼い娘も含めて我が孫のように可愛い。一度は擦れ違い、そしてまた出会い、愛し合ったふたりに出来た愛児(まな)たちじゃ。特にこの子らの父親に関しては桔梗お姉様や奈落のこと、果ては幼少時の境遇を鑑みても、必ず幸せを掴んで欲しいという願いもあった。かごめを妻に迎え、娘、息子に恵まれた犬夜叉は、表情にこそあらわれはせなんだが、喜びも一塩であったのだろう。この子らを私のところによく連れて来て、五十年前には見られなかった温かな眼差しを傍らに座る我が子に向ける。口数が少ないヤツにしては、ぽつりぽつりと、子が如何に愛しいかと話してくれた。子に対する愛情はかごめに負けないと見える。その為か、ましろは犬夜叉に抱っこされるのが特にお気に
入りであるらしい。
一度(ひとたび)犬夜叉が抱き上げれば、機嫌も直ぐに良くなるのを、私は何度も目にしていた。


「ましろは、まこと父が好きなのじゃな」
「……うん、ちちうえ、すき…でもね、ははうえもすきだよ」


コクンと頭が下がる。
そうか、と言い膝上に抱き直した。


「犬夜叉もかごめも、良い子達に恵まれたな。それに子ども子どもしておった犬夜叉の父親っぷりには目を見張るわ。ましろよ、そなたの父もその言葉を聞けばさぞかし喜ぶだろう」
「そうなの?」
「ああ、間違いないぞ」
「…ちちうえとははうえ、もうかえる?」


かごめによく似た大きな瞳を潤ませながら、私を見遣り両親の帰宅が何時かと問う。

その時、私はましろにまだ、薬湯を飲ませていなかったことを、はたと思い出した。


「そうさな。ましろが薬を飲んで一眠りした頃には、犬夜叉もかごめも帰っておるはずじゃ」
「…ほんとう?」
「ああ、だから少し眠ろうかの。熱も上がってきておる」


ましろの額に宛がう手に伝わる体温は些か高い。
薬湯を飲ませて横にさせると直ぐにスウッと眠ってしまった。きっと、泣きつかれたのだろう。
そのまま身体を右に回して囲炉裏の火を大きくするために火箸で中を穿(ほじ)くった。




夕刻、犬夜叉とかごめが仕事を終えて戻ってきた時、まだましろは眠っていたままじゃった。
娘を起こさないようにと、そっと抱き上げる犬夜叉に向かって、私は言ってやった。


「犬夜叉よ、愛娘(ましろ)をとことん甘やかしておるようじゃな」
「な、なんだよ、薮から棒に。ましろが何か言ったのか?」


犬夜叉が怪訝な顔をして私を見遣る。


「いや、何も。わしはただ、ましろがお前のことが大好きだということしか聞いておらぬよ」


笑みを含みながら犬夜叉に言えば、こやつは頬を真っ赤にしながらそっぽを向いた。そして、ポツリと零した。


「仕方ねぇだろ……かごめが生んでくれた、娘なんだからよ」


−…可愛いに決まってらぁ。


つい、唖然としてしまった。まさか、そのような言葉を聞けるとは思っていなかった。
全く、こやつは何処まで過保護で親バカなんじゃろうか。まぁ、この言葉を聞かずとも、日頃の犬夜叉とその幼子を見れば一目瞭然だがな。自然、口許が緩む。


かわいい子には旅をさせよ……と云うが、犬夜叉にましろを手放すことは一生かかっても、無理であろうな。




Fin

後書き

ただ、親バカ犬夜叉を書きたかったんです(笑)
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