<短編−弐−>
□野分
1ページ/1ページ
野分の影響だろうなと、思いつつ、吹きすさぶ風と豪雨に打たれながら、ひとり、家路を急ぐ。
「さむ…。」
冷感などさほど感じないこの身体が寒いと訴える。いや、寒いと訴えているのは、心なのかもしれない。この身体は温感冷感などの知覚刺激に対して閾値が低いため、そうそう寒さなど感じないはず。だが……、心が寒いと身体もこうなるのか。一昔前は、寒さなど感じる余裕もなく、今日を生きるためにひとり孤独な時をひた走っていた。だのに今は、ああ寒いなとと感じる程までに成っている。そして、寒さに凍える心を癒し温めてくれる存在を、強く請うているおれがいる。
ああ、早く帰ろう、家に。
覚えず、早足が駆け足になる。
見えてきた我が家から漏れる、金色の光。自然、笑みが零れた。
「おう、今、帰ったぞ。」
「あぁっ、犬夜叉!」
薦をめくった途端、かごめがおれ目掛けて飛び込んで来た。濡れるからという言葉は、まくし立てる彼女の声で掻き消えた。
「無事だったのね。本当に良かった。外は物凄い豪雨と強風だから、犬夜叉の身に何かあったらどうしようって……。」
「おれがヤワな身体じゃねえのは知っているだろうが。それに、ちゃんと帰って来ただろ?」
「うん、本当に良かったわ。おかえり、犬夜叉。」
「おう。」
「そこに座って?拭いてあげるから。あ、それと火鼠の上衣も脱いでね。」
そう言われ、上衣を脱ぎ捨てると土間から一段高い場所に腰を下ろした。嗚呼、己の身を案じてくれる者がいるというのは、何と嬉しいことか。そう思っていた時、かごめが乾いた布を持ってきて頭を拭いてくれる。雨に濡れて、頬に張り付く髪を指先でよけると、その手をおれの頬にあてた。
「頬も、こんなに冷たくなって…。」
おれの頬に沿えていたかごめの手が、ゆっくりと下りていき鎖骨を滑り、上腕を辿って指先に行き着く。かごめに触れられている間、彼女の手がとても温かくて暫く瞑目していた。彼女の手が指先に触れた刹那、目を開けて、かごめの指に己の指を絡めた。
「寒くて仕方ねえんだ。あたためてくれねえか?」
心を…。
「うん。おいで、犬夜叉。」
「かごめ…。」
吹きすさび荒れ狂う野分の渦中に、ひとつの灯りが灯る。
Fin
野分とは台風のことです。
かごめに会う前の犬夜叉の荒んだ心を野分に比喩えてみたけれど……轟沈…orz
.