<短編−弐−>

□small lady
1ページ/1ページ


 娘を産んだ直後に意識を手放したかごめが奇跡的に目覚めたのは、出産から四日後のことだった。
あの日、産屋から赤子の泣き声が聞こえて、安堵の息を吐いた矢先に妙に慌てふためいたりんに呼ばれて弾かれるように産屋の中に飛び込めば、かごめが意識を無くしてグッタリと褥に横たわっていた。その横で楓は額に汗を浮かべながら急いで何かの薬草を煎じており、赤子は珊瑚に抱かれ息子たちの時とは違い弱々しく泣いていた。一瞬呆けるが、りんの呼び声でハッと我に帰る。


「かごめっ!!」


直ぐに妻の許に駆け寄り、その頬に触れれば汗を浮かべているにも関わらずヒヤリと冷たく青白い。悲鳴めいた珊瑚の話によると、かなりな難産で出血も夥しくこのままではかごめの命に関わるのだと。目の前が真っ暗になり血がさあっと引くような感覚が襲ってくる。出産はいつだって命掛けだ。産褥で母親か子ども、若しくはその両方が命を落とすことはこの時代に珍しくはない。しかし、それを今までは他人事のように受け止めていた。息子たちが生まれた時も、かごめは疲労感を滲ませながらも笑顔を浮かべて元気だったから。けれど今は、かごめの命が・・・・・危ない。死ぬかもしれない。赤子の弱々しい泣き声と、最早怒鳴り声にも近い楓の指示にバタバタと動き回るりん、必死にかごめに呼び掛ける珊瑚の声。最悪なことばかりが頭に浮かんでは消える。それを払拭するように頭を横に振って、俺も大声でかごめに呼び掛け続けた。楓とりんの尽力と呼び掛けの甲斐あってか、かごめは出産から三日後の昨日漸く目覚めた。もう大丈夫だとの楓からの御墨付きもありホッと胸を撫で下ろした。そして一日経った今日、褥に座るかごめにましろと名付けた娘を預けると、かごめははらはらと涙を流しながら笑っていた。「やっと、会えたね。生まれてきてくれてありがとう。」と。ふみゃふみゃと泣き出したましろにかごめが乳を含ませて娘が腹一杯になり満足した頃、珊瑚に預けていた息子たちが帰ってきた。ちはやとさくがドタドタと走りよってくる。それを咎めても、こいつらには届いてはいない。まぁ、仕方ないかと諦める。かごめが無事であることは昨夜の時点で伝えているが、息子たちもかごめとましろのことを案じていた。かごめが元気であることを実際に目で確認して安心したのか、ましろに興味津々になる。かしましいことこの上ないが、ましろが生まれてくるのを今か今かと待っていたのは、こいつらとて同じだったのだから。苦笑するだけに留める。


「うわぁ、ちっちゃい!!」

「なんか、おさるさんみたい。」


さくがましろの顔を覗き込んで歓喜の声を上げ、ちはやが微妙な表情をする。


「お前らも生まれた時は、こんな感じだったんだぞ。」

「「え、ほんとう?」」


息子たちが、キョトンとした顔で尋ねる。

「ふふ、本当よ。ちはや、さく、ましろに挨拶してくれるかしら?ほらましろ、ちはやお兄ちゃんとさくお兄ちゃんよ。」


かごめがましろの小さな手をとってパタパタと振る。ちはやお兄ちゃん、さくお兄ちゃんと言われて気をよくしたのか、息子たちは我先にとかごめの腕の中のましろの指を握り締めた。


「ましろ、ちはやにいちゃんだぞ。わかるかな?」

「ぼくはさくおにいちゃんだよ。」


ましろが顔をちはやたちに向ける。目はまだ見えていないだろう。それでも、息子たちはそれで満足したようだ。かごめがちはやにましろを預ければ、さくがズルいとましろを奪いにかかる。


「待て待てお前ら、落っことしでもしたらどーすんだ。」


かごめが支えていても心許ない子どもの赤子の抱き方にヒヤリとさせられる。取り合えず、さくが満足するまでましろを抱いた後に娘を抱き上げた。息子たちの時と同じようにとても温かくて甘い匂いがする。そして、ずっしりと重い。この腕に生命を抱いているのだと不思議に思うと同時に、やはり胸が熱くなる。この小さな生命を守らなければという使命感を改めて噛みしめながら、かごめにましろを預けて息子たちを両膝の上に乗せた。こいつらも重いな。かごめがましろの紅葉のような小さな手に指を乗せれば、きゅっと力強く握り締めた。それが、生きるよ、と言っているようで。ああ、頑張ってこいつは生まれてきたんだな、と性に似合わず感慨に浸ってしまった。

恥ずかしくて言葉には出来ないが、心の中で言うことにする。


おめでとう。
生まれてきてくれてありがとう。




fin

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ