<短編−弐−>

□儚きもの、美しきもの
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双子の息子たちを産んで、そろそろ床上げが出来るようになった頃。蓬莱島の子どもたちが、遠路遙々村に遊びに来てくれた。息子たちの周りを蓬莱島の子どもたちがぐるりと囲み、みんなでニコニコと生後間もない息子たちを見ている。


「ややこってかわいいね。ね、浅葱お姉ちゃん。」

「ふふ、ほんとだね。」


藍ちゃんの言葉に浅葱ちゃんが微笑む。蓬莱島から脱出した後、それぞれの道を支え合い生きている子どもたちは、幼さを残しながらも逞しくずっと大人びてきているように見えた。そう、言うなれば今しがたの浅葱ちゃんの微笑みみたいに。


「犬夜叉兄ちゃん、かごめお姉ちゃん、ややこを抱っこさせてもらってもいい?」


藍ちゃんがきらきらと瞳を輝かせて聞く。勿論、否なんて答えはない。床上げしてもまだ怠い産褥のあたしを支えてくれている犬夜叉
を見れば、こちらも微笑みを浮かべて頷いた。否はない。ちはやを抱き上げて、藍ちゃんの腕にそっと下ろす。まだ首が座っていないため、ちはやの頭と藍ちゃんの腕を支えて。ちはやは藍ちゃんが抱き上げても泣かず、まだ見えないだろうけど、不思議そうに犬夜叉譲りの金色の瞳をきょろきょろと動かしていた。


「ややこって重いんだね。」


藍ちゃんがおっかな吃驚の表情であたしを見る。そうね、と頷いた。


「ふふ。藍ちゃんはまだ小さいから、ちょっと重く感じるのかもしれないわね。でも、藍ちゃんの言うとおり赤ちゃんって実は重いのよ。」


個人差はあれど、母親の胎内で赤ちゃんは凡そ三千グラム近くまで育つという。息子たちの場合は双子だったためかなり小さいが、十月十日、日増しに大きく重くなっていくお腹を撫でながら命の重さを感じていた。犬夜叉もそれは同じで、最初は夫はお腹になかなか触ってくれなかった。それは、決して息子たちを疎んだのではなくその逆で、血濡れた手だと言ってまだ穢れを知らないお腹の中の子たちに触れることを躊躇したのだ。もちろん、血濡れているなどと、私はそんなことを思ったことはない。犬夜叉が触れることを躊躇するのは、彼が血濡れた手だからと思い込んでいることもあるのかもしれないけれど、きっと誰よりも生命の重さを知っているからで、過去にその生命を奪ってしまったと後悔と懺悔を抱えて幾度も嘆いていた。そんな犬夜叉の姿を知っているからこそ触れて欲しかった。犬夜叉の手をあたしのお腹に初めてあてがった時の脅えたような表情がやがて微笑みにかわり、生まれたばかりの息子をその腕に抱き上げた時、懺悔の涙は歓喜の涙へと変わり頬を濡らしていた。
生命が現身(うつしみ)となって具現化したとき、果てに行き着いて生命がうつせみとなったとき、人はそれぞれに違う涙を流す。しかしながら、どの生命も儚くそしてその儚さを覆うように力強く生きるからこそ、始まりと終わりのその中から美しさが見え、涙を流すのではなかろうか。
殊、赤ちゃんというのは図らずともそれに顕著だと思う。人のみならずこの世に生きるものの大多数が、己よりも小さく儚いものに庇護欲と愛情を示す。それが我が子となれば一塩だ。ふとした事で損なわれ或いは潰えてしまうかもしれない生命は身体に似合わず大きく、まるで全身全霊をかけているかのように大きく尊大だ。お腹が空けば大声で泣いてあたしたち母親を求めるし、楽しい嬉しいことがあれば手を叩いて大きく口を開けて笑う。儚さの中に美しさが見える塊だと、生まれた息子たちを見ながらあたしはそう思うのだ。
さくがむずがり、ふみゃふみゃと泣き出した。途端に胸が熱くなり固く張り出したのが分かる。乳を含ませてから大分時間が経っているから、お腹が空いちゃったんだろう。ちはやは藍ちゃんと浅葱ちゃんにあやしてもらっているお陰で、まだ泣いてはいない。彼女たちの前で、というよりも犬夜叉の前で胸をはだけるのはちょっと気が引けたけれど、まぁいいかと思って着物の袷を緩めた。胸にさくの顔を寄せると、目を閉じたまま暫く乳首を探すように顔を動かして目的のものが見つかると一生懸命吸いだす。生後生まれてまだ数日しか経っていないけれど、しっかりと重い。初めて息子を抱いた時は、その重さに胸を熱くしたことはまだ鮮明に覚えている。


「うわぁ、いっぱい飲んでるね。」


ちはやを犬夜叉に預けた藍ちゃんが、にこにこと笑いながらさくの顔を覗きこんだ。


「ふふ、そうね。でもね、藍ちゃんや浅葱ちゃん、萌黄ちゃん、紫苑くん、緑くん、橙くんも皆こうしてお母さんのおっぱいを飲んで大きくなったのよ。お母さんやお父さんが一生懸命に守ってくれた命だから、大切にしてね。」


まだまだ恋しいだろうに、不条理な死を突き付けられた両親のことを持ち出されて傷付くだろうかと、少し後悔が頭に過ったが、蓬来島の子どもたちは悲しい表情はせずに少しこそばゆそうな顔をして、力強く頷いた。殊、浅葱ちゃんについては真剣な顔そのものだった。妹、弟分の子どもたちを守るために一度は死を選んだ彼女だったけれど、それに対して負い目を感じている様子はないし逆に力強い。蓬来島を後にするときに聞いた決意はずっと浅葱ちゃんの胸の中にあるらしい。


「お母さんとお父さん、どうしているかな。」


藍ちゃんがポツリと呟いた。肉体的な死を遂げても、蛍として精神的な生き方をしている子どもたちの親兄弟。蛍もまた命数が短く限られているために酷く儚いが、あの光に包まれて飛び交う様は幻想的で美しい。儚さをまた美しいと思う蛍たちになった両親や兄弟たち。蛍もまた赤ちゃんと同じ。


「いつも、みんなのことを見守っているんじゃないかな。」


陳腐な言葉だろうかとも思ったが、釜に身を投げ蛍になっても変わらずに子どもたちを見守り続けた両親や兄弟たちのことを思うと、傲慢かもしれないけれど、そう願いたくなる。


「そうかな?」


藍ちゃんが小首を傾げた。


「うん、きっとそうだよ。」


浅葱ちゃんが藍ちゃんの髪をくしゃくしゃと撫でる。


「うん!」


藍ちゃんが輝かんばかりの笑顔で頷いた。この笑顔の持ち主だってまだまだ小さな幼子だけど、蓬来島を出て生き生きと生きるさまはとても逞しく、頼もしく感じるときだってある。小さいけれど強いのだ。

行きとし生ける者の全ては、この現世に生まれたその瞬間から死を定められた儚い存在。けれど、その儚い時の中で一瞬一瞬を想い大切にし、強く逞しく生きるからこそ、そこに美しさが生まれてくるのかもしれない。


fin

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