<短編−弐−>

□背中のキミ
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「かごめ……。」

「なぁに?犬夜叉。」


犬夜叉が背後からやんわりと、あたしを抱きしめる。お腹と胸のあたりでしっかりと回された腕に、自分の手を重ねながら、刹那の幸せをお互いに共有し分かち合う。あたしは、ふぅ、と一息ついて背中から犬夜叉にもたれ掛かった。
心地好い春の陽射しと、やわらかな東風が身を纏って、ゆったりとした気分になる。
犬夜叉に呼ばれて、気持ち顔を上げると、目尻に彼の唇が触れた。


「ん…。なんでもねえ。呼んだだけだ。」

「なぁに、それ。人のことを呼んでおいて〜〜。」

「気にするな。」

「フツーに、気・に・し・ま・す・わよッ。」


完全に犬夜叉の方に向き直って、お返しとばかりに彼の白銀の産毛に包まれた犬耳をクイクイと摘む。


「止めろっ、かごめっ!!耳を引っ張るな!!!」


耳を触られることを何よりも嫌いとする彼は、あたしの腕を掴もうとする。だけど、こんな風にして、ずっと彼とじゃれあってきたあたしだって負けてはいない。素早く彼の腕から逃れんと身体を翻すと、犬夜叉の後ろに回って、背中から抱きしめた。


「ふふっ。後ろから抱きしめられたら、如何な犬夜叉であっても、あたしを捕まえられないわよね〜〜。」

「あ〜?何言ってんだ?」


俺がそんなヤワな訳ねえだろとと、呆れ返る犬夜叉の背中に、ひとり、ふふっと笑って頬を押し付ける。
言うまでもないけれど、犬夜叉の背中って本当に広くて逞しい。火鼠の衣を着ていると、着物の特徴からどうしても着痩せしているように見える。触れないと分からない彼の背中の広さ。見ないと分からない、犬夜叉の背中の逞しさ。


−……あたしは、この背中にずっと守ってもらっていたのよね…。


鉄砕牙を敵前に構え、危ないから出て来るなと、後ろに振りかざされる左腕。その背中にいつも守れていた。そして、その代償なのか…。犬夜叉の背中はいつも傷だらけだった。深く切り裂かれ、焼け爛れて。だけど、犬夜叉は何一つ文句を言わない。それどころか、彼は重傷を負いながらもあたしの安否を気にして、無事だと知れば安堵の表情で笑う。
余りにも優し過ぎる、彼。


「かごめ?どうしたんだ?」


犬夜叉の背中にくっついて黙ったままのあたしに、彼が怪訝そうな声音であたしを呼んだ。
あたしは何でもないの……と言う変わりに、犬夜叉の背中にギュッと抱きしめた。


「ん…犬夜叉の背中って、大きくて逞しいなぁって」

「そりゃあ、男だからな」

「うん、そうね。………あたしって、いつも犬夜叉の背中に守ってもらっていたのだなぁ…と思って…。」


庇われて、守られて。きっとそれは、これからも変わらないだろう。必ず犬夜叉はそうするのだから。


「俺がそうしたいからだ」


ほら、やはり。


「でも…傷付いたら、痛いでしょう…?」

「まぁな。だけど俺は、お前が怪我するほうが、そら恐ろしい。」

「犬夜叉…」


犬夜叉が、ふっと笑って自分の膝をポンポンと叩く。あたしは、また膝に座れという意味だろうと解釈して、彼の膝の間にちょこんとおさまる。しかし、急に抱き上げられたかと思うと、膝上に横向きに座らされた。


「かごめ。俺はもう何も失いたくはねえんだ。二度もお前を失ったとあっては、俺はもう、生きていけねえよ。」

「…随分と貴重がられているのね、あたしって」

「茶化すなよ。……俺は知ってしまったからな。守るものがある喜びと強さを。」


犬夜叉が穏やかな笑みを浮かべて、あたしの頬をやんわりと撫でる。鋭い爪が引っ掛からないように、ゆっくりと撫でてくれる、彼の優しさに胸が一杯になるのを感じる。


「まっ、親父の受け売りだがな〜」

「ふふっ。なによ、それ」


お互いに笑いあい、見つめ合って口づけを交わす。苦しくならい程度の、小鳥が啄むような口づけを暫く続けた。


「ねえ、犬夜叉」

「ん?」


熱い口づけを交わしたあと、あたしは犬夜叉に抱かれたまま、彼の首に下がる言霊の念珠を指先で弄んでいた。牙のような乳白色の勾玉と射干玉の実のような玉。思わず、半妖の犬夜叉と、人間の犬夜叉を思った。


「『背の君』という言葉を知ってる?」

「『夫』って意味だろ?」

「そう。今度から、犬夜叉のことを背の君って呼んでみようかしら?どう?」

「絶対に止めろ。こそばゆいから。それに、仰々しいのは嫌いだ」


そう言って、犬夜叉は乱暴に後頭部を掻いた。余程、嫌だったらしい。


『背の君』という言葉。由来はよくは知らない古語だけど。もしかしたら、後ろに庇われる女性から、前で守らんと勇敢に立ち向かう夫を見たことからはじまるのかも知れない。




Fin

こんにちは(^-^*)/
今回、この小説は犬かごアンソロのほうに投稿させていただきました。

このような素晴らしい企画に参加させていただきましたことを、感謝いたします(*^_^*)

夜華さま、本当にありがとうございました☆



夜華さま主催『犬かごwebアンソロジー』投稿作品。





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