雪の妖精

□第一章
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何千何万もの観客の歓声が空気を揺さぶる。


「ガブリアス、戦闘不能!激闘の末カントーリーグを勝ち抜いたのはフスベシティの カズマ選手です!!」



―――――
―――




「…帰ってきたんだ」

鼻孔をかすめる潮の香り、旅先で伸びた金髪を撫でる冷たい風、目の前に広がる家並みは故郷マサゴタウンだ。

「おじいちゃん!」
「む、シオンか?」

船を降り久方ぶりでもあまり変わり映えのない道のおかげで不安なく家への道のりを歩けば電話越しの平面ではない祖父ナナカマドの後ろ姿を発見した。

「おじいちゃん久し振り!出かけてたの?」
「ああ。…カントーリーグ、見たぞ。よく頑張ったな」
「……うん、ありがとう。あそこまでいったら優勝って思ったけどまだまだ未熟ね。でもとってもワクワクして楽しかった!次こそは優勝して見せるからね!」

カントージムを8つ回り挑んだシロガネ大会。
辛くも最後の一戦まで勝ち残り決勝の相手がドラゴン使い。ドラゴンタイプのパートナーを持つがゆえに負けたくない戦いであったがいつまでも引きずる顔を見せていられない。

「またすぐ旅に出るのか?」
「うん、預けてるポケモン達の様子を見たら」
「そうか」

会話の区切りをみた祖父が歩きだす。
それに合わせて隣に並び「一緒に帰ろう」と言えばナナカマドは無言でうなずく。
それだけ見ればナナカマドは非常にとっつきにくい印象ではあるが幼少の時から慣れた口数の少なさを特に気にせず久方ぶりの祖父の存在にシオンはニコニコと笑顔だ。
続かない会話も身内ならではで気にもせず無言で歩く。

「……うわっ!?ごっ、ごめんなさい!」

とナナカマドの背中に女の子がぶつかった。
自転車を手で押しているシオンと同じくらいの年の女の子だ。
ナナカマドは女の子の方に向きを変えて彼女の手に持っている紙をみた。

「…あ、あなたそれって…」
「ふむ、そこな娘」
「へ。そこな娘…ってあたし?」
「うむ、察するに道に迷ったと見たが、どうだ?」
「ぐっ!」

初対面でもよく分かる図星顔にシオンは小さく笑う。

「あ…はい。で、でも大丈夫です」
「ちっとも大丈夫そうに見えないよ?」

これまた分かりやすい無理の仕方に笑顔のままシオンが突っ込めば二言目が出ないとばかりに女の子がしょぼんとうなだれる。

「顔に全部書いてるよ。文字通りに」

あまりに素直な反応が面白く続けたシオンの言葉に落ち込みながらごめんなさいと謝った。
一言余計だったかなと悪ノリを控えたシオンだがやっぱり道に迷っていたのだと再認識した。

「そのハガキを持ってるってことはあなた新人トレーナーなんだよね?おじいちゃんの研究所でポケモンをもらいに行くところなの?」
「はい、そうです……おじいちゃん?」
「うむ、わたしがナナカマドだついてきたまえ」
「それじゃあ一緒に行こっか」
「…え?」

話についていけずポンポン決まった事柄にぼーっと立ちつくす女の子。「ポケモンが欲しくないのか?」とナナカマドが聞けばあわてて自転車を押して後ろに続く。



「へ〜、じゃあヒカリちゃんはコーディネーターになるのね」
「そうよ。いつかはママみたいなトップコーディネーターになるのが夢なの。あと名前はヒカリでいいよ。あたしもシオンって呼ぶし」

研究所に着いても新人トレーナーのヒカリとシオンのおしゃべりは終わることがなかった。女の子同士だからだろう、どんなポケモンがパートナーになるのか、どんな旅をしたいのかと話合えばそこから無限に話が広がるのが女子の会話というもの。
もとよりヒカリの積極的でオープンな性質とシオンの穏やかな社交性の相性は良く話が弾んだ。

「さ、ここが研究室だ」

女子の会話を一切阻害しなかったナナカマドがヒカリのパートナーとなるであろうポケモンが控える研究室の自動ドアの前に立った。
ナナカマドの言葉に顔を引き締め直すヒカリに合わせドアを開く。


「「出たーー!!!」」


ナナカマドの四人いる助手のうち二人がナナカマドの顔を見て叫んだ。上司の目の前でそう叫ぶ助手たちはある意味勇者である。

「ん?出たとは何だ。出たとは」
「「お、おかえりなさい博士!!」」
「…うわあ」

シオンは研究室の様子に驚くやら引くやらで感嘆した。
資料やレポートと思われるものが研究室の至るとこに散らばっている。観葉植物は倒れ土もこぼれてイスも倒れてる。
吹き抜けになっている二階の窓ガラスも無残に割れている惨状に「いったい何が…」と研究員達を見る。

「まったくもってすみません!トラブルがあり、新人に渡すはずだったポッチャマ、ヒコザルが裏の森に逃げ出してしまいました。同時に、進化の研究途中だったムックルとムクホークも外に…」
「シオンちゃんおかえり。こんな状態でごめんなさいね」

そこで助手はこんな惨状にもかかわらずポケモンフーズをもくもくと食べているナエトルに気がついた。

「あ、幸いにもナエトルだけはここに…」
「エゥ?」

自分のことだと理解したナエトルはナナカマドと助手の方を向いた。

「……(じっ)」
「!?…エゥゥ…」

運悪くもナナカマドと目が合ってしまい、その眼光の鋭さに委縮し咀嚼していた口を閉ざして叱られた子供のように身の置き場に困っている。
ナナカマドからすれば、ただナエトルを見ただけだろうがナナカマドは素で眼光が鋭い。とゆうか怖い。おまけにほぼ無表情と言ってもいいくらい表情に動きがなく高齢の割に腰をピンと伸ばして上背がある。
結果、口を開くのもためらわれるほど威圧感のある怖面無表情の研究者の出来上がりだ。

「あの、あたし探しに行きます!」

ポケモンたちが出て行ったであろう割れたガラスをじっと見つめるヒカリは突然そんなことを言い出した。

「…君が?」
「はい。あたしのパートナーになるかもしれないポケモン達ですから」

ヒカリはナナカマドの目を見て臆することなく言った。
するとナナカマドの目尻が少しだけ柔らかくなった。

「…ポケモンに出会ったら目の高さまで屈んで話しかけるといい。さすれば安心する」
「え…?」

許可でも却下でもないナナカマドの言葉の意味をつかみ損ねたヒカリは、しかしすぐに理解して「アドバイスありがとうございます!」と言った。

「なら、私も手伝うわ」
「え、でも…」
「外に出たのは二体でしょ?"一人より二人"ってね。それに私はポケモン持ってるんだよ?」
「…そうだな、では二人とも頑張りたまえ」
「「はい(うん)!!」」

シオンたちは研究所の森へ行くために外に出る。小さな丘を越えた辺りでヒカリは一度足を止めて研究所を振り返る。

「思ったよりやさしい人みたいねナナカマド博士って」
「私の自慢のおじいちゃんだもの。顔はともかく、優しくてポケモンのことにすごく詳しいのよ」

シオンが旅に出る前はポケモンのことで疑問に思ったことをなんでも尋ねた。
子供の「なんでなんで」を流さずに一つ一つちゃんと答えてくれたナナカマドを今でも覚えている。

「ここが研究所の所有する森なんだけど…」
「ヒコッ!」
「あっ、ヒコザルだ!」
「ヒコザル〜、研究所に戻っといで〜」

木の枝にぶら下がったヒコザルを見つけ、捕まえようと近づいたが私たちの前にポッチャマが現れた。
ポッチャマは現れて早々木にぶら下がっているヒコザルに向かって"バブル光線"を放った。

「ちょっとポッチャマ!止めなさい!」

ヒカリがそう言ったら今度はヒカリめがけて"バブル光線"を放った。

「わっ!」
「うわわっ!?」

間一髪で避けたシオンとヒカリ。シオンは簡単には研究所に戻らない様子に思案しヒカリは攻撃されたことにお怒りだ。

「危ないじゃない!!」
「…っあ!二人共!」

ヒカリの怒り声に耳を傾けず、ヒコザルは木を伝って身軽に森の奥へ、ポッチャマはヒコザルを追いかけて同じく奥へ入って行った。

「っまずいって、二人共戻ってきて!」
「ね、ねえ。どうしたの?」

急に血相を変えたシオンに光が驚き方を揺らす。

「森の中は気性の荒いポケモンがたくさんいるの。もし彼らの縄張りに入って刺激したらただじゃ済まない…」
「ええっ!?」
「とにかくヒカリはここにいて。ポケモンを持ってないヒカリには危険よ!じゃあっ」
「あっ!ちょっと!!」

まってと声を張るヒカリには申し訳なく感じながらもヒコザルとポッチャマを追いかけて森の奥へとシオンは走る。



森の奥まで走って来たはいいものの、ヒコザル達を完全に見失ってしまった。

「あー…このあたりはスピアーの巣が近い所じゃん」

走った距離と方角からおおよその住処を割り当てて息を整える。
すれ違ったりなども無く、時折聞こえた声や水音を頼りに置くまで来たシオンに不安がよぎる。逃げ出したポケモンたちの、森に住むポケモンの縄張りを意識しない動きに。

再び歩き出そうと一歩踏み出すと髪が引っ張られる感覚に片眉を寄せる。
振りかえれば草葉の枝に自分の金髪が絡んでいた。
そういえば旅に出でから伸び放題の髪がここにきて鬱陶しく映り適当に髪をほどく。

「ヒコーー!!」

「ヒコザル!?」

声のした方へ向かったら、ヒコザルがスピアーの群れに襲われていた。大方縄張りに入ってしまったのだろう。
スピアーの群れの猛攻を自慢の身軽さで紙一重でかわしてるが危ない状況に変わりはない。

「……ヒコっ!!」
「ヒコザル!!」

ヒコザルは一匹のスピアーの攻撃を受けてしまった。そこから切り返しが利かず群れからの集中攻撃、袋叩きにあう。

「っやるしかない!」

自分のモンスターボールを二個手に取った。
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