雪の妖精
□第四章
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ハクタイの森
日中でも薄暗いその森はシンオウにごまんとある森の中でも五本指に入るほど有名な森。
迷いの森もその五本指の一つ。つまりここはその迷いの森並みに癖のある場所なのだ。
その一つが森の規模。ハクタイの森はシンオウ1の大きさと言える。第二にこの薄暗さからゴーストポケモンが好んで集まってくること。
ゴーストポケモンの多くは人に催眠術をかけて森で遭難させたり、幻覚を見せて驚かせたりと悪戯好きが多い。
だが、広大さ故に多種多様に生息するポケモン目当てか、旅の通り道としてハクタイの森を突っ切るのがいいと考えるトレーナーが多いからか、ハクタイの森には被害のニュースが絶えないのにトレーナーが良く通る。
そして私は通り道兼修行中のトレーナーだ。
「緑華、技のキレが落ちてきてるわよ……"葉っぱカッター"!」
疲れのせいで肩で息をするチコリータは標的に見立てた木に葉っぱカッターを放つ。
「よし!…お疲れさま。少し休憩にしよっか」
「チィ…チィ……チッコ!」
ソノオ大会が終了し、ハクタイの森にこもって修行すること四日目。
目標としては相性の悪い虫、毒ポケモンに引けを取らないバトルが出来るようになるまでだが、四日目の今日、今のところ虫毒ポケモンに連勝しているのでそろそろ森を抜けることを考えている。
「…白夜!」
トレーニングで疲弊した緑華をマッサージしてる最中。呼ばれただけで迷うことなく"ふいうち"の技を決める白夜が通り過ぎた後ろでぽてん、と音もなく倒れたのはゴース三体だ。
「全く、油断も隙もないんだから…」
油断も隙も作らなかった人の言うセリフではないが、日に何度もゴーストタイプに技をかけられそうになったのだから隙を見せなくなるのは当たり前だろう。
「…?」
「アブ?」
「ううん……何でもない」
ふと、視線を感じたシオンは辺りを見渡してみるが特に何も見当たらなかった。
さっきのゴースたちみたいに良からぬことを企んでる視線とは違うこちらの様子をただ見てるだけのような害を感じない視線。
だがこの四日間で視線や気配に敏感になり過ぎたのかちょっとした視線でもすぐに疑ってしまう。
神経質は良くないな、と自分の緊張をほぐすように自答し、とりあえず放っておくことにした。
「蒼牙、体当たり」
現れる野生のポケモンにするただの体当たりも蒼牙がやるとまるで頭突きか突進のようだ。
薄暗い森を進む中、緑華の特訓終了時からずっと感じてる視線。どうやら付いて来てるみたいだ。
「ねえ。ずっと見られてるのって気持ちのいいものじゃないのよ」
言って少し待つと、やっと姿を見せる気になったのか草をかき分ける音がする。草葉の陰から顔をのぞかせたのはお迎えポケモン、ヨマワルだ。
だが何か違うと思って図鑑を開いてみる……ああ、体が小さいのか。80センチが普通なのだがこのヨマワルは火猿位しかない。
「わっ!?ちょっと返して!」
シオンが図鑑を見ていたらヨマワルが横から図鑑を盗み軽く上昇した。小さなヨマワル同様、平均より小さなシオンがジャンプしても届かないのは分かり切ったことだがやらずにはいられない。
見かねて蒼牙がヨマワルに何かを言ったようだが、図鑑を持ったまま無邪気に笑うヨマワルには毒気を抜かれる。
「あのね、それは私のおじいちゃんがくれた大切なものなの。身分証明にもなるし無くしたら大変なことになるの」
普通のゴース系統の悪戯なら問答無用で気絶させて奪い返すことも考えるのだがこのヨマワルは陰湿で性質の悪い悪戯とは違うと感じて話で解決しようと思った。
このヨマワルは例えるなら誰かの気を引きたい子供だ。もっと身近な例えで言えば火猿だ。
「だから返してくれないかな?」
「……ヨマ〜〜」
「ありがとう」
図鑑とシオンを交互に見て返すことを決めたようだ。
お礼を言ってヨマワルの頭を撫でると嬉しそうに笑う。骸骨のように不気味な姿をしているが笑うと思いのほか可愛らしい。
一緒にいる分には無害であると判断し、用意していたサンドイッチを分け与え共に昼食を過ごした。
「それじゃあそろそろ行くわね」
ヨマワルとお別れをして再び出口に向けて歩くと遠くの方で鳥ポケモンたちが騒いでる。ああいう行動をするときは大体危険なポケモンが暴れたり、大きな技から避難するときだ。
そんなことを考えてたら電気柱が見えた。
「ハクタイの森に電気ポケモン…トレーナーかな?…わっわっわ!?」
考え事をしていると森に棲むケモンたちがこっちに向かってきた。おそらくあの電気柱から逃げてきたんだろう興奮状態にある。
シオンを邪魔な障害物とみて攻撃体勢で襲い掛かってきたのを見て、火猿で先制して追い払った。
「そこだ、モンスターボール!」
逃げていた虫ポケモンの群れのうちの一体、ガーメイルにモンスターボールが当たり、収まったガーメイルは暴れるがやがておとなしくなった。
もちろんモンスターボールを投げたのはシオンではない。
「ビビッ!」
「なんだ。お前まだこんな所にいたのか」
「さ、さっきの電撃はシンジのエレキッドだったのね…うん、少し特訓に。シンジは新しいポケモンを?」
「ああ」
ボールを投げたトレーナーはシンジである。シオンは傍に落ちたボールを拾いシンジに渡す。
シンジはすぐに図鑑を取りだしてボールをスキャンして確認すると、黙ってボールからガーメイルを出して「どこにでも行け」と言うとガーメイルは勇んで飛び去ってしまった。
「あ〜あ、また逃げちゃった」
「逃がしたんだ。あの程度のポケモンは必要ない。…それよりお前、さっきの攻撃は何だ?お前のヒコザルの炎はそんな脆弱なものなのか」
さっきの火猿の攻撃見ていた発言だ。
「必要以上に攻撃はしない主義なの。捕まえるわけでもないし」
「甘いヤツ…っエレキッド、守る!」
突然ポケモンの技がシンジとシオンを襲う。
幸いにもシンジのエレキッドの活躍で攻撃を受けることはなかったものの、周囲は黒い霧がたち込み、不気味な笑い声が木霊する。
「"シャドーボール"にこの霧…ゴースやゴーストあたりね。面倒な…」
「ちっ、油断したか」
「ヒコッ!?」
「火猿!?」
不意打ちの技と周囲の状況からちょっかいをかけてきた野生のポケモンに当たりをつけて警戒するも火猿が攻撃を受けてぐったりしている。
「(火猿があっさり倒されるほどの攻撃なんてどこから…?)」
いまいち納得できない事態ではあったものの、火猿をボールに戻して周囲を警戒す。
「エレキッド、かみなりだ!」
「ビビッ!!」
辺りが電気で明るくなる。ゴースが数体倒れるとエレキッドは勝ち誇った顔をした。
「す、すごい威力のかみなり…あれ!?エレキッド!」
急にエレキッドが倒れた。様子を伺ってみるとすでにひん死状態だ。
「"道ずれ"か…戻れエレキッド」
ケケケケケケケッ
「ああもう…うるっさい!」
ポケットのボールに手をかけて次のポケモンを…と、ボールに伸びたはずの手が空を切る。
「ボールがない!?」
「なんだと!?…ちっ、催眠術の幻覚か!」
驚く二人をさらに苛立たせるように四方八方から笑い声が響く。
「ひっ……〜!っ〜あっはっはっは!!…止めて!!」
「…何をやってるんだこんな時に」
ひきつった声を堪えたかと思えば急に笑い出して最後には怒鳴る。
一人で何をしているんだとシンジの目が呆れている。
「あ、あいつら太腿舐めてきた!くすぐったい!!」
「知るか。そんなことでいちいち騒ぐな」
「そんなことじゃないわよ!いいシンジ。くすぐったいって感じる場所は首、脇、もも、足の甲や裏みたいな動脈が皮膚に近いところ、つまり「生命にとっての危険部位」!そこを他人に触られた不快な感覚が小脳の錯覚を引き起こして錯覚から逃れようとする自律神経の過剰反応が《笑い》!私の反応は生きる者としての当然の反応なの!」
「だから…よけろ!」
「きゃっ!?」
再びシャドーボールを放つゴース。かわしたはいいものの幻覚でボールが無くなるしポケモンが出せないしで本当にどうしよう…。
「っち、調子に乗りやがって…」
ケケケケケ…ゲガッ!!
「!?」
「なに?…」
余裕じみた笑い声から一転、一体のゴースから発せられた奇声は他のゴースに伝染するように広がった。
やがて周りの黒い霧は晴れて辺りを見渡すと倒れている多数のゴースと威嚇しているゴース。そして、小さなヨマワルがいた。
「ヨマワル!?あなたが助けてくれたのね!」
「ヨマ〜」
「ゴース!!」
無視してんじゃねえぞ。と割って入るゴースたちをじっと見つめるヨマワル。
ゴースたちは睨むようにヨマワルを見たがやがて怖じ気ずいたようにゴースたちは去って行った。
「ありがとうヨマワル。おかげで助かったわ」
「ヨマ〜〜」
褒められて嬉しいのかくるくると二人の頭上でまわる。
無言でヨマワルを見つめるシンジは何を思ったのかボールをヨマワルに向かって投げた。
ヨマワルは突然投げられたことに驚きもせずおとなしくボールに収まった。
「ゲットしちゃった…」
「……なかなかのポケモンだ」
「あ、ヨマワル仲間にするんだ」
「使えそうな奴だからな」
「そっか、でも大丈夫? そのヨマワル結構な甘えん坊だよ」
「ぬるい奴なら逃がすさ」
「…ははは」
ハクタイの森を抜けてすぐの場所にあるポケモンセンターで火猿を見てもらった。どうやら毒状態だったらしく木の実を食べさせてしばらく寝かせた。
原因はもしかしなくてもあの虫ポケモンの群れを追い払うときだったのかだろうか。気付けなかったのはトレーナーの失態だが受けた本人の火猿も間違いなく毒を受けたことに気づいてなかった。