雪の妖精

□第十三章
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育て屋でレイジの手伝いとベビーポケモンである茉白の様子を行ったり来たりを繰り返しはや数日。朗報が舞い込んだ。

茉白の退院だ。

『おめでとー茉白』
「チョケ!」

ジョーイさんに旅に連れて行っても問題はないというお墨付きをもらい、育て屋に帰るまでの道を外の世界を見せるように茉白を腕に抱く。
案の定、茉白の眼は左右に忙しなく動いている。

「チョケチョケ!」
『ん?ああ、あれはねクレープ屋さん。いいにおいね』
「ピー!」
『ケーキ屋さんだね』
「チョケッ!」
『ご飯は帰ってからね』

茉白は女の子だからだろうか、お菓子の甘い匂いにばかり反応している。
そんな無邪気な茉白に顔を緩ませながら育て屋に戻れば、レイジがベビーポケモン用の柔らかいご飯を作って待っていた。

『茉白、レイジさんのお手製のポケモンフーズよ』
「はいどうぞ。…あ、そうそう。さっきシオン宛てに荷物が届いたよ」
『荷物?…』
「ほらそこ」

茉白にレンゲでフーズを与えながらレイジが示す机には小さなダンボール。

『…ほんとに送ってきたよ』
「誰から?」
『…母です』


「ぜひ使ってほしいハウスウェアを作ったから送るわ!」


母の嬉々とした声がよみがえる。
育て屋で借りている部屋で届けられた荷物の中身を開くけばヒラヒラだ。ふわふわだ。そしてピンクだ。

『……』

シオンの母マロンはいささか年を考えない乙女な心の持ち主でピンクやらレースやらリボンやらが大好きだ。本人は一切着ないが。

『…そのうち送り返すか』

旅で余計な荷物は持たないという概念を知らない母ではないだろう。
後でちょっと着て感想でも言えばそれでいいし。

「シオンー。ポケモンたちにご飯をあげに行くよ」
『はーい。今行きまーす』

ひとまずハウスウェアをしまいこんでぱたぱたとレイジの元に走る。

「親御さんからの贈り物なんだったんだい?」
『贈り物って言うか…新作の感想を求められてただけです』
「どんなの?」
『服なんですけど…相変わらず私の趣味と母の趣味は微妙にソリが合わないって言うか』

何度そう言っても相変わらず乙女な服を送りつけてくる母を思い苦笑い。
ぜひ着て見せてほしいとレイジさんに言われた時は真剣に悩んでしまった。


 チリンチリーン


ベルが鳴った。

『あ、お客さんかな。レイジさん私が見てきますから先に行ってください』
「じゃあお願いするよ」
「チョケ!」
「ほーら。茉白ちゃんはこっち。シオンはお仕事だからね」
「ピ」
「よし、いい子だ」

トレーナーのシオンの後を狭い歩幅で追おうとする茉白を引きとめたレイジはいつも通りに預かっているポケモンたちの食事の準備をする。

 チリンチリーン

『はいはーい。今出まーす』

鳴っているのは育て屋のベルではなく家のベルだ。
玄関のドアノブを「お待たせしました」と笑顔で開けるが相手からの反応は冷たい。

「…なんでお前がいるんだ」
『……あれ』

見慣れた紫色に目を丸くすると逆にその客は目を細く、怪訝そうに細める。

『な、んでシンジがここに?…』
「こっちのセリフだ。なんでシオンが家にいる」
『家…いや、ここはレイジさんの家であって…え?』
「…兄貴はいるか」
『え?』

開けっぱなしのドアから躊躇もなしにずんずん家の奥へ進んでいくお客、もといシンジの暴挙に呆気にとらわれ、ハッと目の前の事態を飲み込み追いかける。

『ちょっ…ちょっと待った!』
「なんだ」
『“なんだ”はこっちのセリフよ!何してるのあなた!?』
「はあ?」
『育て屋に用事なら玄関を出て左沿いに行って。ここは家の方だから入られると困るのよ』
「なにを言ってるんだお前は…」
「シオン、なんかシンジの声が聞こえたけど」
『あっレイジさんこの人は…え?知り合い、ですか?』

茉白を抱えたレイジが奥から出てきた。
シンジの不法侵入に疑問を抱いた様子も見せずに笑顔だ。

「知り合いっていうか…久しぶりだなシンジ」
「兄貴、なんでこいつがここにいるんだ」
『あにき?』
「ちょっと仕事を手伝ってもらってるんだよ。それよりお前、来るなら連絡くらいしれくれ」
「だいたいの日時は知らせただろ」
『兄貴って…』
「そりゃそうだけど二週間も前じゃ仕事が忙しくて忘れるときもあるんだよ」
「それは兄貴の責任だろ。おれには関係ない」
『……』

目の前でスムーズに行われている会話のキャッチボール。
紫の髪に目、眉の形や輪郭と二人を比べれば比べるほどに一つの結論がくっきりと姿を見せる。

『レイジさんとシンジが兄弟!?』

世間とは狭いものである。
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