けいおん! 放課後の仲間たち

□第二話
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 肩を揺すられるような近くて遠い感覚。夏音はその感覚を遠ざけていたかった。
 このぬるま湯に浸かったみたいな心地よさが消えてしまいそうだから。
 半ば意識が浮上したところで、誰かが自分の肩をゆすっているらしいが、いかんせん自分は眠っていたいのだ。

「Hey! What`s up mom? I`m sleepy now.」
「こら、マムって。誰がお前の母親だ!」
「Huh? ……あれ?」

 目の前にはカチューシャをつけた少女がいる。

「まみたん……?」
「お前、いい加減にしろ」

 夏音は数度目を瞬かせた。夏音がアニメにハマるきっかけになった作品の準ヒロイン、まみたん。カチューシャをこよなく愛し、決して離さない彼女はいない。
 目をこすると、そこには田井中律が呆れたような顔つきで夏音を見下ろしていた。

「律がなんでここに?」

 途端に、夏音は額をぺちんとはたかれた。

「こ・こ・は部室だ! 部活をやる場所であって、ガチ寝する所じゃないぞー!」
「部室?」

 上体を起こして周りを見渡すと、たしかに音楽室兼軽音部の部室である。いまだ惚けている頭をひねって夏音はとりあえず伸びをした。

「寝ちゃったのか」

 先週、晴れて軽音部に入部した夏音は早速放課後から部室に顔を出すことにした。尻込みしていたものの、入ってしまったものは仕方がない。
 よく考えれば周りが女の子のみの環境でバンドをやるのも悪くないな、と思い弾む気持ちで部室へ向かったのだ。
 ところが、どうだろう。彼女たちは一向に練習を始めるそぶりを見せるどころか、音楽の「お」の字も見えてこないではないか。
 はて、ここは何をする部活だったかと首をかしげたところで、大変美味なお菓子とお茶に文字通りお茶を濁されてしまったのであった。
 しかし、紅茶を何杯もおかわりできるくらい時間が過ぎても練習をする雰囲気が欠片も生まれることはなかった。
 何もしないなら仕方ない、と襲いくる睡魔に白旗を振ることにした夏音は部室のふかふかソファー(夏音、自主持ち込み品)に体を横たえたのであった。
 そこで意識が途絶えた。ここまで、思い出すのに二秒ほど。

 目をすっと眇めてこちらをじっと見る律に再度あくびを向けた夏音は、ぽりぽりと頬をかいた。

「すいませんでした」

 とりあえず、夏音は謝った。

「うむ、殊勝な態度でよろしい!」

 胸を張ってうなずく律は傲岸不遜な態度で身を反らす。あまりに尊大な態度だが、反らしすぎて逆にこっけいだ。

「お前も、何様だ!」

 しかし、そんな彼女も背後から迫る澪に頭を小突かれた。

 律は頭をさすって澪に口をとがらせた。

「なんだよー。澪だって一緒にただお茶飲んでただけじゃんかー!」
「そ、それとこれとは別に……」

 返す刀に思わず顔を赤くした澪であったが、じっと夏音に見詰められていることに気がついた。

「な、なに?」

「練習しないの?」

 痛い沈黙がその場に流れた。

「そもそも、あと一人部員を集めなくちゃならないのを忘れたのかな?」  

 容赦ない、歯に衣を着せぬ夏音の意見に他メンバーは頭を抱えた。

「お、仰る通りで……ごぜーやす」

 バツが悪そうに言うのは軽音部の部長だった。

「とりあえず、必要なのはもう一人だけなんだろう? 今足りないパートはギター、ヴォーカルだね。俺はどこのパートでも大丈夫だし、こないだはその二つとも引き受けると言っちゃったけどさ。
 新しく入ってくれる人が初心者だった時のことを考慮すると、まだ俺のパートは確定しない方がいいんじゃないかな」

 あまりに淀みない日本語がすらすらと流れる。外人顔の帰国子女に正鵠を射た意見を矢継ぎ早に放たれた彼女たちは、ただ口をぽかんと開けていた。

 返す言葉がないとはこのことである。

「に、日本語上手よねー夏音くんたら」
「そ、そうだな! 堅苦しさもなくなったし」
「その年でバイリンガルだなんて素敵ですね♪」

 夏音は皮肉をこめてにっこりと微笑む。

「お褒めにあずかりまして、ありがとう。俺は別に楽しくやれればいいんだけど……ただ、楽しく………楽しく、何するんだっけ?」
「う………と、とにかく作戦会議だ!!」

 しかし、もう下校時刻だった。
 部室として割り当てられている音楽準備室だが、いつまでも使っていられる訳ではないので、会議は始まってもいないのに延長戦へもつれこむ。
 結局、四人はファーストフード店で話し合いをすることになった。
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