けいおん! 放課後の仲間たち
□幕間1
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一般にひきこもり生活というのは、文字通り自分の部屋に一日中こもって出てこない状態を指し示すはずだ。
引きこもった人間は、徹底的に他人と接触するのを拒み、それは家族とて例外ではない。
日中は家族と顔を合わせることを避け、食事は部屋の前に置いてもらう。家族と出会うリスクを回避するため、小用などはペットボトルに。上級者ともなると、書き表すことは憚られる。
清潔な者は家族不在の間隙を縫うようにシャワーを浴びる。
これらの行為には、殊更家族のスケジュールを把握している必要があるが、うっかり母親と鉢合わせしてしまうことも。
「○○ちゃん……!」
「くっ!」
息子は母親を押しのけて自分の城へケツまくって逃げ帰る。
夜中に耳をすませば、ふとドアの向こうに聞こえる家族の嗚咽。
とにかく。これが引きこもりのステレオタイプだと認識しよう。
しかし、立花夏音においてはその全てが当てはまらない。
彼の場合、ひきこもると言っても学校に行かないという点以外は、実にのびのびとしていた。まさに毎日が休日、という生活。
もっぱら楽器を触るか、作曲。
もしくは引きこもり生活中盤からは漫画やアニメ作品を漁るように鑑賞するという循環で一日が過ぎていった。
彼は外に出るのが怖くなかったのだろうか。
もちろん、初めは外に出ることもままならなかった。
初めはまさに自宅引きこもり状態だったのが、徐々に表に出るようになったのは、もともと夏音が通った高校が遠く離れていた事が大きい。
学校から自宅まで、電車で言うと八区間ほどの距離があったのである。
彼を外に出す要因の一つとして、彼は自らの容姿を隠したことも大きい。
日本ではやたら目立つブロンド色に輝く髪。
母親譲りの髪を彼は気に入っていたが、身の安全のために一時的に捨てることにした。
どう足掻いても日本人には見えない顔だけはどうにもならないが、眉毛と睫毛の色も日本人にまぎれる黒色にしたのだ。
ちなみに、彼が体のどこまでを染めたのかは明らかにされていない。
ぱっと見て元の彼を知る者が目撃しても、一瞬で彼とは分からないくらいに変化することに成功した。
息子の変化をそっと見守っていた立花夫妻もその徹底ぶりに感心するくらいだった。
「黒いのも素敵よー」
と母のアルヴィは喜んだのも束の間。「ママとお揃いだったのに……」と悲しみに打ちひしがれた母親を慰めるのに息子は苦心したという。
一方、父である譲二は純正日本人として黒い頭髪を持っていたため、やっと息子が自分とお揃いになったと喜んだことは秘密であった。
言葉にすると、妻の逆鱗に触れてしまうからだ。
このように外出することに徐々に躊躇いがなくなってからは、良くドライブなどに出かけることもあった。
というのも夏音はアメリカにいた頃、十五歳でパーミットを受け、日本に来る二ヶ月前に自動車運転免許を取得していた。
免許を取得して一年が経っていたので、日本の学科試験を受けて日本でも公式に車に乗ることを認められた訳である。
夏音の現在の年齢は十七歳。日本では十八歳からの取得になるのだが、驚きの国際ルールである。
ちなみに彼は、自分が軽音部の皆より年上だという事は打ち明けていない。
秘密ばかり抱えている、と夏音は悩む。
いつかこの肩に背負う荷物を下ろせる日を考えねばならないと思った。
両親が自宅に帰っていた時は、親子でよくセッションをして過ごした。
夏音の自宅、高級住宅街にそびえ立つ三階建ての家には広大な地下室が備わっている。あらゆる機材が揃っており、完全防音のスタジオである。
夏音の部屋も所狭しと機材が置かれてあり、またこの部屋も防音仕様という充実。
両親の知り合いが時折訪れ、プライベートレコーディングをすることもあり、また訪れたミュージシャンとセッション。
悠々自適である。
いつまで、この生活を終えようかと考えることもあった。それでも煮え切らない自分は考えを先延ばしにしてばかり。
このまま、アメリカの親友が自分をぶん殴りにくるまでのんびりしていようか。それとも、とっとと元いた場所へ帰ってしまうのもいい。
夏音は考えるばかりで、引きこもり生活を続けていた。