けいおん! 放課後の仲間たち
□第三話
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「ええとね。そういう風には使わないかも」
「私は特に教えられた通りに訳したつもりだけど」
「間違ってはないよ。ただニュアンスがちぐはぐな感じかな」
「へえー」
部室では、恒例となりつつあるティータイムのお時間であった。
机の上には菓子とお茶の他に勉強道具が広げられている。
というのも、律と澪が本日出された英語の宿題を夏音に手伝ってもらっているのだ。
自他共にバイリンガルと豪語している夏音にとってはお安い御用で、快く引き受けた。
ちなみに律は早々に離脱して、勉強とはまったく関係のない話題でムギと会話に華を咲かせている。
唯一、真剣に夏音の話を聞いているのは澪のみであった。
「ふん……ん、んーdon`t despair? なんかこの教科書、イギリスのとごちゃ混ぜだな。こういう時はdon`t worryの方が自然だよ」
「なるほど」
そんな夏音と澪を横目に律は頬に手をあてて二人を茶化す。
「ずいぶんと仲がよろしおすことねー!」
その瞬間、俊敏なガゼルのようなしなやかさで律に肉薄した澪の拳固が律の頭蓋に抉り込まれる。
「お前もちゃんと聞いとけ! どうせ後で泣きついてくるだろうが!」
「い、いたひ……最近ひねりが入ってきてヤバイ……ま、終わった後に全部見せてもらおうと……じょ、冗談だよ!」
怒髪天をついている澪による二発目を回避すべく律は椅子からのけぞった。
夏音は「仲睦まじいねー」と笑った。このコンビのどつき漫才も早くも恒例と化したやりとりであった。そんなぎゃーぎゃーと騒々しい部室を訪ねてきた人がいた。
「こんにちはー」
ニコニコと部室に入ってきたのは音楽の担任の山中さわ子であった。
この女性教師は夏音や他の部員とも面識のある人物であった。軽音部の四人も元気よく彼女に挨拶を返す。譜面代を借りに来たと言ったさわ子はふと夏音に視線を向けて微笑んだ。
「あら、あなたやっぱり軽音部に入ったのね」
以前、夏音が楽器経験者であることを的中させた彼女は、実は澪や律に彼のことを紹介して、軽音部の部員獲得に一役買っていた影の立役者であった。
「はい、とっても楽しいですよ」
「そう、よかったわ。じゃ、そんなあなた達に朗報よ」
優雅にほほ笑んでテーブルの上に一枚の紙を置き、一言。
「入部希望者がいたわよー」
なんと、待望の新入部員。果報を寝て待つ訳ではないが、ただお茶をしていただけで訪れた良い報せに一同はわっと沸き立った。
夏音も軽音部の部の一員として、喜んだ。
これで廃部を逃れることができるわけである。
「それと、素敵なティーセットだけど飲み終わったらちゃんと片付けてね」
最後に教師の顔を見せ、優しく注意すると山中先生は部室を出て行った。
「よっしゃーー!! 廃部じゃなくなるーー!」
律が入部届を手に椅子の上で跳ねる。その際にがたりとテーブルが揺れて紅茶がこぼれたので、澪が非難の目線を送ったが当人は気にもしない。
一同は、そろりと椅子に座った律を囲んで顔を寄せ合ってその紙を覗き込んだ。
「どれどれ……平沢唯……なんか名前からすごそうだぞ。なんだろこのデジャヴ」
「やっぱギターだよな」
「ギターかねー」
「どんな方が来るか楽しみですねー」
ただ、皆浮き足だっていた。
無理もない。夏音自身も新しい部員が来るということに胸が高鳴っている。
それは新しい友達、仲間が増えるということなのだから。