けいおん! 放課後の仲間たち
□第四話
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「なんのバイトがいいかな〜」
軽音部一同は肩を寄せ合い、求人雑誌を熱心に眺めていた。
先程から、溜め息とページをめくる音が交互に生じている。
「居酒屋ばかりだなー」
頬杖をつく律が「ネットも使うかー」とやるせなさげに呟いた。
その隣では誰よりも熱心に求人に目を落とす唯が「むむ〜」とうなっている。
この中の誰よりも、このことに関して真剣になる理由が彼女にはあった。
先日、唯のギターをどうするか話し合われた際、ギターを買うにはある程度の出費を覚悟するべきだという意見によって唯はアルバイトをすることを決意した。
人が好い少女達は、そこで一肌脱ぐことにしたのだ。
結果、全員で短期のアルバイトをして短期間で一気にお金を手に入れることになった。
その決定に特に反対することはなかった夏音だったが、他人の楽器を買うために労働することを厭わない少女達に少々呆れていた。
まるっきり理解できなかったものの、夏音としてもアルバイトというかつてない経験に興味が無いわけではなかった。
なかなか面白そうだと自身も興に乗ってしまったのである。
「ティッシュ配りとかはー?」
「あれも結構きついらしいぜー」
「ファーストフードなんかどうですか?」
「(なるほど、アルバイトにも色々あるんだね)」
夏音はそれらの会話を真剣な表情で何度も頷きながら聞いていた。
業種を口にされても、夏音にはそれが何のことか想像できなかったりする。
アルバイト情報誌などという存在があること自体、初めて知ったくらいである。
このように勢いよく情報雑誌を集めたものの、働き先を見つけるのは難儀を極めた。
良い条件を見つけたとして、どんな提案が出たとしても、接客を避けられないバイトなどは極度の恥ずかしがり屋の澪にとってハードルが高くなってしまう。
無理をすると精神的に多大な苦痛をもたらして屍と化してしまうくらいに重症だということが判明したのだ。
人として行く末を心配された澪だったが、屍になってもらっても困る。
彼女のために条件を狭めて血眼になって探っているのが現状であった。
「どっこも高校生不可だってさー」
「せちがらい世の中だねりっちゃん……」
そんな会話がしばしば挟まれる。
その都度、澪が申し訳なさそうに体を揺するのをムギが慰めるということの繰り返し。
エンドレスにループしそうな流れにしびれを切らした夏音が口を開いた。
「この際、少しくらいきつい仕事でも我慢しようよ。世の中きつくない仕事なんてあまりないでしょう?」
全員が押し黙って夏音の言葉に目を丸くした。その視線には「お前の口からそれが出るのか」といったニュアンスが含まれている。
見るからに「箸より重いものは持ったことありませんわオホホ」な深窓のお嬢様然とした人間から飛び出た全うな言葉が信じられなかったのだ。
「まあ、夏音の言う通りだよな。私ら全員を雇ってくれるところなんて単発で力仕事ばかりだし……」
「そもそも全員で同じ場所で働く必要あるのかな?」
「それはそうなんだけど。ほら、うちの澪を単独で働かせに出すのは心許ないっていうかさ……わかるだろ?」
「なっ! 余計なお世話だよ!」
完全に保護者の視点から悩む律の言葉を聞いた澪が屈辱に赤く顔を染めた。
「それもそうだな」
夏音がさもありなん、と頷き他の者も納得するのを見た彼女はそっと隅でいじけた。
しかし、部活の時間いっぱい各自で携帯サイトや情報誌とにらめっこしたおかげで、澪にもできる交通量の調査という名前からして楽そうなアルバイトを探し出すことができた。
ひたすら車道を走る車を数えるアルバイトだという。たったそれだけでお金が貰えるのか、と驚いた夏音は後に少しだけ後悔することになる。
アルバイト当日。
時刻は早朝の六時。一同が揃って集合場所に向かうと、帽子をかぶった中年の男女が一組待っていた。
「よろしくお願いします!」
高校生らしく、朝から精一杯のやる気をこめて威勢の良い挨拶をする少年少女に人好きのする笑みを浮かべて彼らは自己紹介をする。
女性の方は有坂。男性の方は片平と名乗った。
「はい、今日は日中気温が上がるそうなので、水分補給だけは小まめにしてくださいねー。それでは、現場に向かいましょうか」
現場へ向かうにあたって二人一組に分けられ、ひたすら流れてくる車を数える業務につく。
難しい業務ではないし、ずっと座っているだけなので尻のしびれとの戦いといっても過言ではないと思った。