けいおん! 放課後の仲間たち

□第五話
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 立花夏音は生まれてこの方、ずっとアメリカで育った。
 学校では帰国子女と紹介されたが「帰国」したのかと問われると首をかしげてしまう。
 ちなみに夏音の父親は何を思ったのか、夏音に二つの国籍を持って育つように措置をとり、厳密に夏音は二つの国籍を持っていることになる。
 どちらにせよ、向こうの教育を受けて過ごしてきた彼を見て誰もが日本の高校教育についてこられるのだろうかと疑問を持っても不思議ではない。
 だが、意外にもやれるものである、というのをこの一年弱で夏音は学んだ。
 ネイティブ並の日本語能力を持った夏音は、自らが入手した新たな趣味、日本の漫画や小説をこよなく愛したおかげで一般の日本人でも知らないような日本語を身につけていた。
 些か偏りが見られるものの、何の不自由もなかったのである。


「やっとテストから解放された〜」

 律は部室の中央で、天へと腕をかかげて自由への喜びを叫んだ。
 テスト勉強から解放された喜びを十二分に噛み締めている学生のあるべき姿である。

「でも結果が笑えね〜!!」

 本日返却された結果は散々だったらしく、半分やけだったようだ。

「高校になって急に難しくなって大変だったね」

 お茶の支度を進めながらそう呟いたのはムギだ。
 口ではそう言うものの、何でもそつなくこなしてしまいそうな雰囲気を漂わせる彼女が勉強に苦労するようには見えなかった。
 事実、彼女のテスト成績は平均を大きく上回るどころか、高得点が並ぶ解答用紙が机の上に並べられている。

 世の高校生は中学時代との勉強の難易度の差に困惑する時期である。
 中学でそれなりの成績を収めていても、おごってしまったばかりに一気に成績下位に転落する者も多い。
 いかに優秀な人物でも油断は禁物なのだ。

「そうだな。私も今回はちょっとヤバかったかも……まあ、もっとヤバそうなのがそこにいるんだけど」

 澪が開放感に満ちあふれた部室でただ一人、暗雲を背負ってうなだれる少女を指さした。
 彼女の成績がいかなるものだったか、火を見るより明らかだ。

「唯……そんなにテスト悪かったのか?」

 皆そろって返却されたテストを見せ合っていた中、一人だけ輪に加わることのなかった唯。
 頬をひくつかせて不気味な笑いを浮かべた彼女は、ギギギと不可思議な音をたてて澪の方を向いた。

「ふ、ふ、ふふ……クラスでただ一人……追試だそうです」

 そうして、ふらふらと立ち上がった唯が見せた答案をのぞきこんだ全員が青ざめた。

「よく……こんな点数をとれたね」

 夏音は驚愕に目を見開き、思わず手を頬にあてた。これだけの点数だと逆に感心してしまう。

「だ、大丈夫よ。今回は勉強の仕方が悪かっただけじゃない?」
「そうそう! ちょっと頑張れば、追試なんてヨユーヨユー!!」

 顔をひきつらせながらもムギと律がフォローをいれる。
 きっとそうに違いない。
 精一杯の優しさを目にして夏音もうんうんと首を振る。

「勉強は全くしてなかったけど」

 その優しさを裏切る発言が唯の口から滑り出す。 

「は、励ましの言葉返せこのやろう!!」

 律が怒るのも無理はない。
 自業自得、因果応報。彼女にぴったりな四字熟語は幾らでもある。
 何で勉強をしなかったのかと聞かれると唯は勉強もそっちのけでギターの練習をしていたのだと答える。

「おかげでコードいっぱい弾けるようになったよ!!」

 Vサインを作り、勝ち誇ったように笑う唯。

「その集中力を勉強にまわせよ……」

 呆れかえって批難する律にむっとした唯がじゃあ、と問い返す。

「そういうりっちゃんはどうったのさー?」
「私はホレ、この通りー!!」

 そうして律が差し出した答案を見た唯が青ざめた。

「こんなの、りっちゃんのキャラじゃないよ……」
「私くらいになると、何でもそつなくこなしちゃうのよーん?」
「そんな〜りっちゃんは私の仲間だと信じていたのに」

 さらに高笑いをしつつ、胸を張る律。

「テストの前日に泣きついてきたのはどこの誰だっけな?」

 澪の氷点下を下回る冷たい眼差しが律に向けられた。自信にあふれた態度はただの虚勢だったらしい。

「しかも英語と数学はひどい点数だっただろ」
「み、見ちゃいけません!」

 すぐにボロが出た。唯はその様子をどこか安心したように見守っていたが、

「はっ! そういえば夏音くんはどうだったの!?」

 矛先を夏音に向けた。

「はい、どうぞ」

 夏音は躊躇いもなく答案用紙を差し出した。

「ほぉ〜」
「どれどれ……え」

 それを唯と律が熱心に眺め、驚愕に目を瞠る。

「英語が百点っていうのは分かるけど、全科目高得点って何!?」

 馬鹿は自分だけだと思い知らされた唯はさめざめと泣いた。

「ココの出来が違うんじゃないかなー」

 自らの頭を指さして夏音が笑う。

「まあ……まあ! なんて嫌な子でしょう!」

 唯が頬を膨らませて怒る。全然迫力がないので、夏音は肩をすくめて「ジョークだよ」と受け流した。
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