けいおん! 放課後の仲間たち

□第六話
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 アリとキリギリスという童話がある。この物語は実に教訓めいており、誰もが一度はこの物語に触れ、日頃から努力を惜しまない事の必要性を説かれたことだろう。

 軽音部におけるキリギリスは友人の前で膝を折って咽び泣いていた。

「という訳で澪ちゃん助けでーー!!!」
「えー、勉強してきたんじゃなかったの!?」

 足下にしがみついてくる唯に愕然とする澪。
 それを横目で眺めていた夏音は大きな溜め息をついた。

 ことは唯が赤点をとった事が発端である。
 誰もが顎を落としそうになるような無惨な成績を叩き出した唯が追試を間逃れるはずもなかった。
 部活動をやる上で生徒は、部員である前に一人の高校生であることを求められる。
 当然のことながら、学業を疎かにした生徒が部活動に励むことなど許されない。
 文武両道を目指し、学を修める者として本末転倒とならないように、厳しいペナルティが用意されているのだ。
 追試で合格しなかった場合、部活動は停止。
 一人でも抜けてしまえば廃部へとまっしぐらの軽音部としては、何としてでも唯に追試を乗り切ってもらう必要があった。
 まさに唯の双肩に部の命運がかかっていると言っても過言ではないのであった。

『だーいじょうぶ! 今度はちゃんと勉強するもん』

 と余裕風を吹かせていた唯に根拠不明の不安を抱きながら、この一週間を過ごしていた一同であったが、あろう事か前言を撤回するように唯が泣きついてきた。追試の前日であった。
 今さら切羽詰まった唯は涙を浮かべながら土下座した。
 この年にして、見事な土下座っぷりであった。

 誰もが暗澹たる表情で顔を見合わせた。
 このどうしようもない少女をどうしようかと視線を交わすが、誰もが首を横に振る。
 困ったように眉を落とす澪であったが、仮にも泣きつかれた立場として、仲間のために救いの手を差し伸べることにした。

「よし。今晩特訓だ!」

 そう言い放った澪を救世主のごとく見上げる唯。彼女から見る澪には後光がさしていた。
 律曰く、澪は一夜漬けを教えこむエキスパートらしい。
 非常に頼れる澪を筆頭に学校が終わってから、時間が許す限り唯に勉強を叩き込むという力押しの作戦がたてられ、唯の家に集まって勉強会が催されることになった。


「今日はお父さんが出張でね、お母さんも付添いでいないから気兼ねしなくていーよ」
「あれ、妹がいるって言ってなかった?」

 妹が一人いる。律はそんな話が前に出ていたような気がして尋ねた。

「うん! 妹は帰ってきていると思うー」
「それだとお邪魔にならないかしら?」
「え、気にしなくていいよ!」

 黙々と前を歩く夏音は、背後の三人の会話を聞きながら、じっと思案に耽っていた。

「(思えば、日本で友人の家に呼ばれるなんて初めてだ)」

 一年以上も日本に滞在しているくせに、一度たりともない。
 経験がないので、些か緊張していた。
日本では他人の家にあがる時に変わった作法があるかもしれない。
 少なくとも自分の観てきた作品にそんな描写はなかったが。
 日本人としては当たり前すぎて、丁寧に描かれていなかったのか。
もしくは自分が見落としてしまったのか。
 謎が深まるばかりだったので、その横を歩いていた澪に声をかけた。

「ねえ。日本では友達の家にあがる時に何かしなくちゃだめなの?」

 あまり大っぴらに聞かれるのも恥ずかしかったので、夏音は隣を歩く澪に声を潜めて尋ねた。

「ねえ」
「ん?」
「俺、友達の家に招かれるのなんて初めてなんだけど」
「ええっ?」

「かまわないよ。大事な話なんでしょ」
「うん……ごめん」

 そして会話が途切れる。その後も特に交わす言葉もないまま、唯の家に到着してしまった。
 驚きの声を上げた澪はまじまじと夏音の顔を見詰めた。夏音はどうして澪がそんなに驚くのか理解できずに、首を傾げた。

「友達、いなかったの?」
「え?」
「やっぱりプロで活動してると時間とかないものなんだなー」

 ぶつぶつと呟き、勝手に納得する様子の澪に夏音は慌てて訂正を求めた。

「違うよ! 日本で、だよ! 向こうになら友達くらい……」

 いただろうか、と夏音は途中まで口にして頭を抑えた。友人、と呼んでいい存在はいたが、それは仕事上でつながった年上の者達ばかり。
 学校生活において家に招き招かれ、といった関係を結んだ人間はいなかった。

「い、いたけど全然?」
「そうか、勘違いしちゃったよ」

 強がりを口にして繕った夏音に気付かず、澪は素直に謝った。彼女は夏音がひょんなことから傷口を抉られたことに気落ちしたことに気付かず、話題を変えてしまう。

「電話で話した件なんだけど」
「ああ、はい」
「今度時間作れるかな。私から頼んでおいて悪いんだけど、みんなのいる前では話しづらいんだ」

 さりげなく視線をこちらに向ける澪。その表情が硬いことに気が付いた夏音は何かを察知して、快く承諾した。
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