けいおん! 放課後の仲間たち
□第七話
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「カノン、僕は日本の萌えとやらを見くびっていたようだ……」
「やっと理解したんだね。君もこれから見識を広めるといいよ」
夏音は日本の梅雨が大嫌いである。
故に、自然と六月が嫌いという事になる。連日降り続く雨、雨、雨。息を吸うだけで水分補給できるのではないかというくらい湿気にまみれた外の外気、気が付けば肌がじっとりと濡れていることなど当たり前。
お気に入りの服を着ても、じっとりと汗が滲んで気分が台無しになる。
肌寒い季節をとうに過ぎ、むしろ春の陽気すら懐かしく感じる程の熱気が幅をきかせている。
善い人ほど早くいなくなる、というが心地良い季節も一瞬で自分のもとから去ってしまうものだ。
やっと僕の元へ来てくれたんだね、と思ったらF1で言うとピットインしただけ。一瞬でアーバヨ、と差し出した手をすり抜けていくのであった。
ジョンとの再会以降、夏音の生活も徐々に変化を見せ始めた。
普通の学校生活を送りながら、ジョンが持ってくる仕事をこなす日々は久しく感じていなかった修羅場の空気を思い出させてくれた。
アメリカでばりばり仕事をこなしていた時は、まさに東奔西走。ばたばたと音楽に明け暮れていた。それでも、夏音はそんな生活を気に入っていたし、音楽の中に身を委ねる以外に他は必要なかった。
いかんせん不登校が続いたせいか、急激にめまぐるしくなった生活につい遅れを取るのは仕方がなかった。
ジョンもその辺をしっかり把握しているので、夏音にまわしてくる仕事量を絶妙にコントロールしてくれている。
今まで苦労させていた分、早く慣れねばと意気込む夏音であった。
日本でレコードを出すつもりがないので、大きな仕事はない。小さくてもいい。夏音はそう考えている。
初めにまわってきたのは、某手数王と呼ばれる日本人ドラマーのアルバムへの参加。
夏音は二曲だけ参加する事になっており、事前に渡された譜面を移動中に読んでスタジオへ向かう。
夏音は自分のベース・テックを向こうに置いてきた。
だから、機材を運ぶのはジョンが手配した信頼できる人材が手伝ってくれた。彼らに頼むのはあくまでも運搬作業だけ。それ以外の部分に触れさせることはなく、今までそういった作業の領域をやってくれた人物がいなくなったことが、夏音に「この環境では、俺一人しかいないんだ」と強く認識させた。
何あれ、スタジオに着くと過去に共演した ミュージシャンが数人。全員がアメリカの名だたるミュージシャンである。
これだけの人材を集めるコネを持つ人間はなかなかいない。
今回のアルバムは、かつて夏音の父である譲二にドラムを教えた事もある大御所ドラマーのものである。
彼は夏音の姿を認めるやいなや、
「デカくなったなー! 飯食ってんのかァ? あンさァそれよか送った譜面なんだけどー」
人なつこい笑顔で挨拶すると、いきなり「アレンジなんだけどー」と言って九割以上の変更を申しつけてきた。
まさか急にベース枠にすっぽり入ることになったのが夏音だとは思っていなかったらしく、よもや今ある譜面を破り捨ててもよいのでは、と思うほど別のベースラインへと変貌してしまった。
父に劣らず、クレイジーなドラマーだとは聞き及んでいた夏音だが、身をもって知ることになった。
とはいえ、久々にプロのミュージシャン達とアンサンブルを考えていく作業は懐かしい風を夏音に吹き込むことになった。
そんな形で昼は学校、真夜中にはレコーディングに参加、時には母親つながりのジャズヴォーカリストの公演のトラとして呼ばれたりする日々を送っていた。
楽しい、が忙しい。
睡眠が足りなくて苛々とする事もしばしばあった。
それでも夏音は軽音部の皆の前では過酷な生活を悟らせるへまはしなかった。辛いなどとはおくびにも出さず、いかなる不満も呑み込んできた彼だったが、ついにその不満が爆発してしまった。
「外で洗濯物干せんやん!!!」
沈黙が部室を覆った。軽音部の女子一同は目を丸くしてぽかんとたった今怒鳴り上げた人物に視線を注いだ。怒鳴った際、バンッと机を叩いたせいで少し紅茶がこぼれている。
「い、意外に家庭的な悩みだな」
搾り出すような声で、かろうじて律だけが返した。
軽音部の部室。いつものごとく夏音たちがお茶をしていると、律が湿気に対する文句を言い始めた。
すると誰かが口火を切るのを待っていたかのように、全員が次々に不平を漏らす梅雨悪口大会に突入した。
くせ毛がまとまらない。外で遊べない。楽器を持ってくるのが大変。つい傘をなくす。夏音は、次から次へと出てくるものは低次元の悩みだと思い切り鼻で嘲笑ったのだ。
「へぇー。そんなに言うならその悩みとやらはさぞかしすごいんだろうなー?」
と律がふっかけた瞬間、夏音が爆発するにいたった。