けいおん! 放課後の仲間たち
□第九話
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軽音部から夏音をひいた面子は別荘に到着した。
それはもう滞りなく着いた。
途中、お腹を下す者も電車の中に忘れ物をするという者もいなかった。
彼女達が乗車した特急は罪悪感を振り切る速度で目的地まで突っ走ってくれたのだ。
やあ暑い。そうねえ、うふふと言った会話を挟みながらムギの案内で敷地内に案内された一同は揃って絶句した。
絶句。
出すべき言葉が脳みそから吹っ飛んでしまう程の衝撃。
目の前にでかでかと建つのは想像やテレビ越しにしかお目にかかれないような「金持ちの別荘!」を凝縮した建物。
やがて律が「でっけぇー」と呆けるように呟いた。
「本当はもっと広いところに泊まりたかったんだけど、一番小さいところしか借りられなかったの」
申し訳なさそうに付け加えられた情報に誰もが耳を疑った。
目の前の現実に出会い頭にパンチされたというのに、まだこの上があるという。
「一番小さい……これで?」
律が皆の心の内を代弁した。
どうやら自分達はこの不思議な友人の底を見誤っていたらしい。
律は今度テレビの長者番組に琴吹という名がないかチェックしようと心に誓った。
早速施設の中に通されると、外観通り広い。
家と称される屋内でこんなに歩くこともないだろう。木造の建物の中は、若干東南アジアや南の島のテイストが盛り込まれ、風通しの良い造りであった。
避暑にはぴったり、というわけである。
自分達が三日間を過ごすことになる建物のあまりの豪奢な加減に興奮した律と唯は歓声をあげながら屋内をずんずんと進んでいった。
居間のテーブルにはセレブのパーティーに登場しそうなフルーツ盛り、冷蔵庫を開けてみると霜降り牛肉。天蓋付きのベッドには花が散らされていた。
一般女子高生にとっては未経験ゾーンの贅沢が出るわ出るわで、はしゃぎまくった。
「うぅ……ごめんなさい」
申し訳なさそうにさめざめと泣いているムギは、しゅんとうなだれて彼女の事情を語った。
「いつもなるべく普通にしたいって言っているんだけど、なかなか理解ってもらえなくて」
その話を聞いた澪は、よく分からないがお嬢様も大変なのだなーと頷いた。同時に自分には縁遠い話だ、とやさぐれかけた。
肝心のスタジオに通されてから、機材をチェックし終えた澪は他の二人がいないことに気がついた。
「あれ、唯と律は?」
「途中でいなくなっちゃったけど?」
「しょうがない奴らだ」
溜め息一つ零してから、澪はおもむろに旅行バッグからラジカセを取り出した。
「それ、なぁに?」
「これね」
澪は言葉で説明するより、と再生ボタンを押した。
攻撃的な高速ビートの曲が流れる。ずんずんと低音を響かせ、技巧を効かせたリフがうねっている。いわゆるメタルと呼ばれる音楽。
「昔の軽音部の学園祭でのライブ。この前部室で見つけたんだ」
「上手……」
ムギは耳に入る弦楽器隊の技巧の数々に驚かされた。背後に疾走するドラムに乗っかって自由に喧嘩し合うツインリード。
音質は悪いが、実際にその場にいたら大迫力だろう。
「私たちより相当上手いと思う」
澪は演奏が区切れたところで停止ボタンを押した。表情が曇ったまま。
「うん」
「なんか、これを聴いていたら負けたくないなって」
「それで合宿って言いだしたのね?」
それで納得した様子のムギは澪の負けず嫌いな一面を知り、微笑ましく思った。
「まあ、ね」
「負けないと思う」
その一言に澪ははっと顔をあげる。ムギは澪の顔をしっかりと見てから、力強く繰り返した。
「私たちなら」
「ムギ……」
ムギの瞳に広がる静謐な光。
それは揺れることなく、まっすぐに信頼という感情を表していた。
澪はまだ付き合いの浅いこの少女の言葉がすっと胸に入ってくるのを感じた。
不思議と「その通りだな」と納得してしまう。
行き当たりばったりというより、全てに手探りで挑んでいる自分達には可能性がある。この音源の先輩方を凌駕できないはずがない。
その言葉を誰かに言ってもらえただけで澪は胸につっかえた物がいくらか取れたように感じた。
二人の間にさらなる友情の絆が結ばれようとしたその時。
「ぃよーーーーしあっそぶぞーーぃっ!!」
「オーイェーー!!!」
真剣な空気は二人の闖入者によって木端に破壊された。
「って早っ! お、おい練習は!?」
既に戦闘準備万端の二人に面食らった澪であったが、既に二人は部屋の外に突っ走っていってしまった。