けいおん! 放課後の仲間たち

□第一話
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 それだけなら、まだいい。

 そんな孤立した学校生活のなかでも、際立ってランチタイムが厳しい。
 日本の生徒は、与えられた自分たちの教室内で机をくっつけ合い、グループを形成して弁当を食べる習慣がある。
 もちろん夏音はその輪の中に入ることができず、かといってぽつんと教室の隅で一人さびしく弁当をつっつくしかない。
 はっと思い立ち、アニメなどで必ず出てくる憧れの屋上はどうだと向かうと、施錠されており立入禁止であった。
 屋上は孤立した生徒の味方ではなかったと現実を知った。
 自分のように憧れを抱いている外国人はこの事実を知るべきではなかったのだと落ち込んだ。

「友達作る才能がないのかな……」

 その前に根本的な部分に気付くべきなのだが、彼がそこに気付くことはなかった。
 人はそれを悪目立ちという。
 アニメや漫画のようにはいかない現実の難しさを身に染みて痛感した夏音であった。


 そんな中、夏音は周りの生徒たちの多くが部活動という単語を話題に出しているのを耳に挟んだ。
 そういえば、と思い出す。
 スポ根モノに代表されるように、日本の学校生活では部活動が割と重要な部分を占めるらしい。
 どこの学校も強制ではないが、生徒に何らかの部活をやることを勧めており、学校によっては強制的に部活に入らなければならない所もあるそうだ。

「ねえ、姫ちゃんどの部活はいったー?」
「一応ソフト部に仮入部した」
「えーマッジー? きつそー!」

 などという会話が端々で発生している。夏音は耳をダンボにしてそれらの会話をとらえた。
 部活動。
 そこでは、クラスとは別の集団が形成されている。
 つまり、また一から自分を出していける機会がそこにはあるということだ。

「部活か。入ってみようかな」

 そういえば、夏音は入学式に大量に配られたプリントの中に小冊子になって文科系、体育会系の全部活動の紹介が載ってあるものがあったのを思い出した。
 そして、いらないプリントと一緒に燃えるごみの日に出してしまったことも。

「ちゃんと確認しないで捨てちゃったからな。職員室にいけば、くれるだろうか」


 善は急げという。夏音は職員室に出向くことにした。
 決して狭くはないが、全教員が一つの部屋に詰まっているという職員室。くさい。
 コーヒーの匂いが充満している室内に入ってクラスの担任の姿を探す。
 夏音がきょろきょろしていると、メガネをかけた女性教師が話しかけてきた。

「あら、誰かに用事かしら?」

 こちらを警戒させない柔和な笑みを向けられ、夏音はこの人でも良いかと用件を切り出した。

「部活紹介の冊子が欲しくて」
「なくしちゃったの?」
「捨ててしまったみたいで。あ、きちんと資源ゴミですよ」

 決まり悪そうに言うと、その女性はくすりと笑ってすぐにプリントを探してくれた。

「よかったわ、余っていたみたい。はい、これでいい?」
「あ、それです。ありがとうございます。あ〜、Ms.名前は?」
「山中さわ子よ。主に音楽を教えているの。ちなみに吹奏楽部の顧問をやっているから、興味があったら見学に来てちょうだいね?」
「ええ、ぜひ」
 
 夏音は笑顔で冊子を受け取ると、さわ子が「あら?」と夏音の手をじっと見て口を開いた。

「もしかして、あなた楽器とかやってる?」
「はい? やっていますよ。わかりますか?」
「まあ、手を見ればねぇ……ハッキリしてるしあなたの場合。ね、ひょっとしてベースでしょ?」

 夏音は面食らった。手を見ただけで、楽器まで見抜かれてしまうとは。
 確かに分かる人にはその人の手を見ただけで察してしまう人もいるかもしれない。

「ご名答。山中先生も何か楽器を?」
「やっぱりねー。スラップダコがあるからそうだと思ったの!」
「見ただけで分かるのすごいです。さすが音楽の先生です」
「うーん、ジェーンも同じとこ膨れてたしねえ」
「ジェーン?」
「あ、いや! 何でもないのよ? そうそう私これでも忙しいの。もう大丈夫ね?」
「お時間とらせました。失礼します」
 
 やけに焦った様子の彼女を不思議に思いながら職員室を出ようとした時、ちょうど職員室に入ってきた生徒が目に入った。

 記憶が正しければ、同じクラスの女子生徒である。
 
 夏音は思わぬところでまだ名前も知らないクラスメートと遭遇したことに目を丸くした。

 向こうも同じように目を丸くして瞬かせた。
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