けいおん! 放課後の仲間たち

□第三話
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 最近、夏音は放課後を楽しみに学校に来ていた。
 つまり、その放課後の時間が削られるのは、如何ともし難く耐えがたいことなのだ。
 だというのに度々自分をつけ狙ってくる英語の先生につかまってしまった。この教師に捕まると、何故か英語で世間話をするハメになる。
 ひどい発音でぺらぺらと喋る先生にいつも辟易させられてしまう。
 廊下でばったり会ってしまい、「Shit」と小さく漏らしたが、相手は明らかに迷惑そうな夏音の表情などお構いなしに駆け寄ってきた。
 自分を発見した際のその教師の顔といえば、大好きなご主人さまの姿を視界に捉えた犬のよう。こんな可愛くない犬はいらん、と思う。
 十数分のぐだぐだな会話を終え、何とか解放されたところで急ぎ足で部室へ向かう。

「おや?」

 廊下を歩く途中からどこからか楽器の演奏の音が漂ってきた。もしや、と階段にさしかかると、明らかに上の階から聞こえるようだった。
 階段を上りつつ耳をすませていると、曲が止まる。何だか少し前にも似たような経験をした覚えがあった。

「珍しく練習しているのか?」

 雨か槍でも降るかな、と三段飛ばしで残る階段をすいすいのぼっていった。

「お疲れ様です!」

 夏音は抜けの良い透き通った声を共に入室した。
 そこに軽音部のいつもの反応はなく。
 ぽかんと固まる見覚えのない少女がいた。

「誰かな」

 夏音は物珍しそうにその少女に近づいた。
 その少女も、突然謎の大声をあげて部室に入ってきた人物に驚いた様子で目を丸くしていた。
 これといって特徴はないが、ムギとは違う意味でほわーんと独特の丸い雰囲気を醸し出している少女であった。

「遅かったな」

 澪が遅れてやってきた夏音に声をかけた。

「英語の先生に捕まってたんだ察して。それより、そちらさんは?」

 夏音は新入部員の人ではないかと、半ば確信的に尋ねた。

「ああ、この人が平沢唯さんだよ。たったいま軽音部に残ってくれることになったんだ!」
「ん? 残るってどういう事?」
「平沢さん、本当は楽器の経験がなくてやめようと思ってここに来たらしいんだ」

 澪が苦笑を浮かべながらそう説明した。

「そうだったのかい?」

 目を丸くした夏音に問われると、彼女はびくりと肩を揺らして赤くなった。

「お、お恥ずかしながら……でも、今演奏を聴いてみて、とっても楽しそうだなって。だから、軽音部続けてみることにしたんです!」

 そう言った彼女の口調は力強かった。

「楽しそうだよね。俺もそう思うよ」

 うんうんと頷きながら夏音は平沢の肩に手を置いた。

「軽音部へようこそ!!」
「……はい!!」
「はーい! それなら、軽音部活動記念にーー!!」

 律が澪のカメラを勝手に取り出してきた。夏音は「またか」と苦笑した。
 もちろん大歓迎だ。

「もっと寄って寄ってー」

 流石に、自分撮りで五人はきつかった。

「いっくよーん!」

 隣で上気する呼吸音とシャッター音が過ぎ去った。
 後日、できあがった写真は律のおでこから上までしか写っていなかった。それを見た夏音に大爆笑された腹いせに見事なボディーブローが決まったという。

 人間の基本は挨拶、自己紹介から始まる。

「唯でいいよー」
「よろしく、唯」
「実は私、学校で夏音君のこと見かけた時、本物の外人さんだって思ったんだー。何で男子の制服着てんのこの人って!」
「はははー! やっぱり……やっぱりそうなんだ…………」

 言葉がナイフのように心を切り刻むこともある。

 という感じに唯を五人目に据えた軽音部はこれにて廃部を回避することと相成った。
 今のところ唯は何一つ楽器の経験がないそうなので、この機会にギターを始めることにするらしい。初心者が一番とっつきやすいという理由もあった。

「ところで、結局夏音は何をやるつもりなの?」

 律が保留していた夏音のパートの件を指摘する。

「そうだな。ギターは二本あっていいだろうから、ギターかな」

 それに対して、まあそうだろうと意見が一致した。しかし、夏音がそこでぽつりと言い添えた。

「でも、ベースもやりたいんだなあ」

 夏音の言葉に澪がぎくりとした。律は「まあ、あれだけ弾けるんだし」と納得したが、同時に首をひねった。

「曲によってベースを変えるのもアリ、かな? ツインベースとかやっちゃう!?」
「ツインベースか……できないことはないけど……いや、面白いかも」

 するとおずおずと澪が口を開いた。

「夏音がベースをやりたいなら、そういうのもいいと私は思う」
「ま、いきなりツインベースはやり過ぎだとしても。例えば俺がベースをやる時は澪がヴォーカルとか」
「ヴォーカルっ!?」

 夏音がそう提案すると、澪が例の如く顔がゆでダコ状態になった。

「そう。何か問題ある?」
「は、恥ずかしい……っ」
「じゃあ、澪がヴォーカルで」
「え、やだ!!」

 恥ずかしがる澪をついからかいたくなってしまう夏音であったが、あまりの拒否反応に首をひねった。
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