緋弾のアリア〜京の都の勇士達〜

□Reload19
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2008年1月10日。
オレ達武偵高3年生の学生生活も残りわずかとなった今日この日。実に5度目となる修学旅行が現在進行形で行われていた。
5度目となる修学旅行Xの行き先は、欧州ヨーロッパ。世界初の武偵高、ローマ武偵高のあるイタリア。武偵の原点となった名探偵シャーロック・ホームズがいたイギリスなど、武偵としては一見の価値のある国々が連なる今回の修学旅行は、行く前から愛菜さん達もテンションが高かったのが印象に残っている。

そんな是が非でも行きたいと思える修学旅行Xに、オレは行けていなかった。理由は単純明快。幸姉が欠席したためである。こういった行事でオレに決定権がないのは、もう周知の事実なので、日本を発つ前に愛菜さんに泣かれてしまったが、こればっかりは仕方ない。
例によってまだ日本から出られない眞弓さんも欠席していたが、これから数日は家の仕事を手伝うようなことを言っていたため、オレ達に構ってる余裕はないみたいだった。

年末や元日は愛菜さん達と一緒にいたおかげで非常に賑やかな日々を過ごしていただけに、幸姉と2人になるとその落差は凄まじい。あの騒がしさに慣れると、静かなのが落ち着かないというのも不思議な話だが、元々オレはマイペースな方なので、これが普通なんだよなと言い聞かせながらにまったりと時間を使っていた。


「ふんふんふーんっ」


使っていたのだが、今日は幸姉の両親も使用人さんも、挙げ句は幸帆と誠夜も家にいなくて朝から幸姉と2人きりとなっていた。
本当に珍しい出来事が起きたため、幸姉を1人にしないために朝から幸姉の家の居間に2人で入り浸っていたら、そこからずっと幸姉が異常なほど上機嫌でオレを膝枕するのだ。
普段は幸帆や使用人さんの目があるので、こういったことは絶対にやらないのだが、何故か今日に限っては有無を言わせない強行でオレを甘えさせている。別にオレが望んで膝枕をさせてもらってるわけではないのだが、どうにも愛菜さんのオレへの接し方を見て、以前からやりたかった願望らしいので、泣いて頼まれる前に渋々折れたわけだ。まぁ、正直なところ嬉しくないわけではないので、この状況に甘んじてるのはあるかもしれない。


「小さい頃はよくこうやってしてあげたんだけど、この歳になると気恥ずかしいからねぇ。誰かに見られたら恥ずかしさで死んじゃうかも」


「小さい頃って、小学校に上がる前とかだろ? 見られたらってのには同感だけど」


オレの頭を優しく撫でながらにそんな話をする幸姉に合わせて会話に応じてみれば、幸姉は何か昔を思い出すように少し沈黙すると、依然としてオレの頭を撫でながらに口を開く。


「じゃあその頃に『大きくなったら私のお婿さんになる』って言ってたのは覚えてる?」


「いや、覚えてない」


「…………酷い! その頃に京夜が描いた私とのツーショットの絵、まだ部屋に飾ってるのに!」


「そうやって堂々と偽りの過去を語るのはどうかと思うよ」


何故か嬉しそうに話してきた幸姉だが、実際、今の話で合ってるところはほとんどない。かろうじて絵を描いたのは合ってるだろうが、ツーショットの絵はおそらく描いてないだろう。
オレのそんな指摘に「バレたか」などと言って反省する様子も見せない幸姉だったが、こんな何気ない会話を2人きりでするというのもここ最近はなかった気がする。もちろん登下校中に会話したりはするが、それとはまた違う。


「でも、その頃に言ってくれた『どんなことがあってもずっと側にいる』って言葉。すっごく嬉しかったんだよ」


これは……嘘ではない。まだ幼いながらに猿飛のお役目を聞かされていたオレが、初めて幸姉に対して言った『誓いの言葉』だ。そんな言葉をオレが忘れるわけがない。


「京夜は昔から私に優しくて頼りになって支えてくれて、私がおんぶにだっこだったよねぇ。あ、今もかな。ダメだね私。これじゃ胸を張ってお父様の仕事できないかもね」


「そんなことないよ。幸姉は頑張ってる。誰が何を言おうと、ずっと側で見てきたオレが幸姉の頑張りを認めてる。それじゃ自信にならないかもだけど」


「ううん、そんなことないよ。ありがとう京夜。あー! もうすぐ私も真田を継ぐんだなって考えたら、ナイーブになっちゃって嫌だねぇ。きっと誰かにそう言ってもらいたかったんだろうなぁ。柄じゃないよねぇ、昔話なんて」


丁度珍しい話するなぁと思い始めた辺りで、オレの頭を撫でるのをやめた幸姉は、膝枕したまま体を後ろに反らして天井へとその視線を向ける。あと3ヶ月。それが過ぎれば幸姉も真田の家の仕事を本格的に手伝っていくことになる。それを思えばナイーブになっても仕方のないことなのかもな。オレは何かが変わるわけではないから、その気持ちに共感はしづらいんだが。


「んー! ずっと膝枕してたから足が痺れちゃったな。丁度お昼だし、何か作ろっか」


それからポンポンとオレの頭を軽く叩いて起きる許可を出した幸姉は、オレが起き上がったのを追うように、本当に痺れていたらしい足で「ぬおー!」とか「ひやー!」とか言いながら、生まれたての小鹿のようなガクガクな足取りで立ち上がると、オレの介助を受けて台所へと移動。完全に持ち直してから、一緒に簡単な料理を作って昼食にしていったのだった。よくよく考えてみると、こんなことを家でするのも初めてな気がするな。幸姉と一緒に料理というのも不思議な感覚だった。

昼食を食べ終えてからは、何故か今度はオレが幸姉を膝枕するということになって、強制命令を行使されたオレは無理矢理膝の上に寝てきた幸姉を流れで受け入れてしまい、異常なほどズルくて可愛い上目遣いで「なでなでして」と頼まれればもう断れない。
そうして甘え上手な幸姉の頭を優しく撫でれば、何故か艶のある声で気持ち良さそうにするので、それにドキリとしながらも、喜んでくれてるならいいかと開き直って続けていたら、唐突に家の玄関の扉が開く音が聞こえてきたため、どうやったのかわからない無動作でシュバッ! と姿勢を崩さずに起き上がった幸姉は、何事もなかったようにオレの隣で涼しい顔をしていた。さ、さすがだ……いや、感心するところじゃないか。



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