緋弾のアリア〜影の武偵〜

□Bullet43.5(上)
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9月14日。朝。早くに修学旅行Tで京都へと発った京夜先輩と美麗、実家の方に帰るため、一緒に発った幸音さんを玄関で見送ってから、「オレを置いていくなー!」と遠吠えをした煌牙に苦笑いを浮かべながら登校の準備を整えて、いつものように少し早く男子寮を出ていった。そういえばここが男子寮だって最近忘れそうになるなぁ。幸音さんと普通に生活してたからそれが普通になってたのかな。でも、部屋に帰ってももう幸音さんとは会えないんだよね。寂しいな……。
振り返ればたったの2ヶ月ほど一緒に生活しただけだったけど、それでもそれ以上の時間を一緒に過ごしたと思えるのは、それほどに充実した毎日だったからだと確信を持って言える。
携帯のメモリにはちゃんと幸音さんも登録されているから、一生会えないってことはないけど、声が聞きたくなったらいつでもかけてきなさいって言われた時は泣きそうになっちゃいました。実際泣いちゃったんですけど。

そんな幸音さんとの思い出に浸っていると、いつの間にか一般教科の校舎に着いていて、いつまでも感傷的になってると幸音さんに怒られてしまいそうなので、そこでしっかり気持ちをリセットして、校舎へと踏み入った。


『あー、あー、うえ……。んーと、1年A組の佐々木志乃ぉ。C組の橘小鳥と風魔陽菜ぁ。至急教務科の綴のところに来るようにぃ』


教室へと向かう最中に、具合悪そうな綴先生からの放送による呼び出しを受けた私。私の他に陽菜ちゃんと志乃さんも呼ばれたけど、何か問題起こしたっけ?
というか綴先生。具合悪いなら休んで……ああ、具合悪そうなのはいつものことだった。
それで進行方向からUターンした私は、待たせたら待たせただけ対応が雑になる綴先生を待たせないために、急いで教務科へと向かった。

教務科へと着き、綴先生のいる個室へと通された私は、先に着いていた陽菜ちゃんと志乃さんに軽く挨拶して隣に並ぶと、正面で椅子に座っていつものように据わった目でタバコをふかす綴先生に一礼。慣れないなぁ、この先生。


「あー、うん。お前らに任せたい依頼がある。本来なら3年に任せるレベルだが、生憎依頼に合う人材が出払ってて、2年も今朝から修学旅行Tで関西に出払ってる。んで、お前らの戦兄と戦姉を見込んでの選出だぁ。文句は聞かん」


「さ、3年に任せるレベルって、そんなの大丈夫なんですか?」


「こっちとしても1年にやらせるのはって思ってるけどさぁ、依頼では警察と日本の武偵庁が動けないとかで、しかも明後日までに何とかしないと死人出るかもって話だし、猶予もないわけ」


「それで、その依頼内容というのは?」


綴先生の緊張感のないしゃべりでイマイチ危機感が薄いけど、死人が出るかもしれないなら、断るわけにもいかない。
それを察した志乃さんが依頼の内容を聞くと、そこで部屋に誰かが入ってきて、綴先生の隣に立つ。
その人は165センチくらいの身長で、肩甲骨辺りまで伸びた黒の髪を後ろでひとまとめにして、一見すると日本人のようだけど、キリッとしたその目の色は深い蒼。黒のロングコートを着た少し大人びて見える男性で、そのコートにはロンドン武偵局の紋章(エンブレム)が。年齢的には私達とさほど離れていない歳上の人、だと思う。


「依頼は表向きは民間からの依頼で、本命はロンドン武偵局からのもの。それでこいつが今回の依頼でリーダーを務める。ほい、自己紹介」


「はい。ロンドン武偵局所属、羽鳥(はとり)・フローレンスです。名前からわかるように、日本人の血が混じっていますので、以後お見知りおきを」


男性としては少し高い綺麗な声と自然な日本語に対して、私達は少し戸惑いながらもこれからのリーダーにそれぞれ自己紹介をして、それから本題へと戻る。


「さて、依頼の方だけど、先生のおっしゃった通り警察は動かせない。というのも、今回逮捕する犯人(ホシ)が相当なレベルの警戒心を持っていてね。イギリスの警察がお手上げという惨事さ。元々はイギリス国内に留まっていたんだけど、二月前にこの日本で彼の犯行とおぼしき事件があった。イギリスとしても英国人による国外での犯行は不祥事。何としても捕まえるために私を寄越したわけだ。それでこれが今回の犯人」


フローレンスさんは説明しながらコートの中から数枚にまとめられた資料を私達に渡してきて、私達もそれに目を通す。


「ウォルター・クロフォード。男性。26歳。身長約180センチ。体重約76キロ。大学では解剖学を学び、コンピューター関係の勉強もしていて、大学卒業後からの経歴はなし。顔写真や住所までありますけど……ここまで素性がわかっていて足取りを追えないんですか?」


志乃さんがプロフィールをざっと読んでの意見をフローレンスさんにすると、そのフローレンスさんはにっこり笑顔でごもっともといった感じで腕組みをする。


「その顔写真は『アテにならない』んだよ、志乃ちゃん。彼の起こした事件について次のページから記述されている。読んでみてくれ。それから改めて質問タイムだ」


言われるがまま、私達は次の資料をめくって目を通す。


「――夫婦連続殺人。犯人は夫を殺害してからその人物になりすまして、その妻と1ヶ月近く生活し、複数回の性行為を行い、妊娠が発覚したあとにその妻の腹を開き殺害。先に殺害していた夫と一緒に家のベッドに遺棄し逃走。夫婦はいずれも子供のいない家庭である。この犯行の手口から『CONMAN(詐欺師)』とマスコミが報道――なりすましによる犯行……」


「事件件数はイギリス国内で昨年7月から4件。3ヶ月ごとに繰り返された犯行も今年の4月を最後に7月は何も起きなかったが、日本で同様のケースの犯行が7月に起こっていたことが判明。これによりウォルター・クロフォードは国外へ出ての犯行に及んだと予測」


志乃さんがすらすらと犯行内容を読み、私が続くようにその足跡を読むと、フローレンスさんはどういった依頼なのかを改めて説明してきた。


「君達にはこのウォルター・クロフォードを逮捕するために協力を願いたい。彼の犠牲者をこれ以上出すわけにはいかない。もちろん君達の安全は私が保証する。必ず彼を捕まえ、君達も守り抜きます」


そう言い切ったフローレンスさんは、右手を胸に添えて左手を背に回し頭を下げてくる。その立ち振舞いはいかにもという英国紳士を思わせた。
ともかく時間がなく、制限もある中で、それでも人員が必要とされてる依頼なら、断るわけにはいかない。
私達は3人で顔を揃えて頷き合うと、頭を下げるフローレンスさんに協力することを告げた。死人なんて出したくないですからね。何としてもやり遂げてみせます!

それから場所をフローレンスさんが宿泊している台場のホテルへと変えて、改めて今回の任務の詳しい会議が行われ、私達は一つのテーブルを囲んでソファーに腰を下ろしながら、ロングコートを脱いで黒スーツ姿となったフローレンスさんの話を聞いていた。フローレンスさんって、黒が好きなんでしょうか。



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