緋弾のアリア〜影の武偵〜

□Bullet45
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「――まもなく0時です」


そんなキンジの様子を確認し終えた頃に、不意にレキが時報のように声を発した。

――パッ――

そしてその時刻が0時を告げた瞬間。曲がり風車を大きく円形に囲むように、複数のライトが灯り、その光の中にいくつかの人影が霧の中に浮かんだ。
その影の姿形は、人影ばかりではない。明らかに巨大メカと思われる影や、魔女っぽいシルエット、何やらクネクネと体を動かすピエロのようなやつ。様々な影があるが、そのどれもが危険だと本能の警鐘を鳴らす。
しかし臆せばこの場ではたちまち潰されてしまう。腹、括るしかないか。


「――先日は藍幇(うち)の曹操(ココ)姉妹が、とんだご迷惑をおかけしたようで。陳謝致します」


オレが大きな息を飲んだあと、その影の1つが1歩前へ出てオレ達にお辞儀をしてきた。そいつは眞弓さんみたいな細い目に張り付いたような笑顔と丸メガネをかけて、中国の民族衣装を着た男だった。なるほど。あれが藍幇の大使か。
続いてそいつの近くの地面で、ゾゾゾ、と黒い影がうごめいているのが見え、その影はズズズ、と人の形を成して地面から起き上がった。


「お前達がリュパン4世と共に、お父様を斃(たお)した男か。信じがたいわね」


這い上がってきた影は、白と黒を基調としたゴシック&ロリータ衣装に身を包んだ金髪ツインテールの少女で、手には夜なのにフリル付きの日傘が持たれていて、その背にはコウモリのような形の大きな翼が生えていた。
他にもデカイ十字架のような大剣を背負った白い法衣を着たシスターもいて、1人1人がリアクションに困らない存在感を放っていた。
その傍らで、玉藻様が動揺するキンジに近寄ってなだめるが、次に現れたのは、きら、きら、と砂金を舞い上がらせて登場を演出してきた、砂礫(されき)の魔女パトラと、大鎌(スコルピオ)を担いだキンジのお兄さんのカナ。

それで今まで黙っていたジャンヌが、役者は揃ったとでも言わんばかりに一同を見回して語り出した。


「では始めようか。各地の機関・結社・組織の大使達よ。宣戦会議――イ・ウー崩壊後、求めるものを巡り、戦い、奪い合う我々の世が――次へ進むために(Go For The Next)」


そんなジャンヌの声にこの場にいる全員がピリッとした気配を発したので、先程よりも警戒を強める。


「まずはイ・ウー研鑽派残党(ダイオ・ノマド)のジャンヌ・ダルクが、敬意を持って奉迎(ほうげい)する。初顔の者もいるので、序言しておこう。かつて我々は諸国の闇に自分達を秘しつつ、各々の武術・知略を伝承し――求める物を巡り、奪い合ってきた。イ・ウーの隆盛と共にその争いは休止されていたが……イ・ウーの崩壊と共に、今また、砲火を開こうとしている」


…………ああ。これがシャーロックと幸姉の言っていた『これから』か。おそらくここにいるやつらは、闇の組織や表舞台に立たない集まりの代表。そしてこれから宣誓みたいなことをやるわけだ。案外律儀なんだな。


「――皆さん。あの戦乱の時代に戻らない道はないのですか」


オレがこの集まりの目的について感付き始めた時、先程確認できたシスターが1歩前へ出てオレ達に語りかけてきた。
霧から現れたシスターは、ふんわりした長いブロンドの髪と青い瞳に長いまつ毛、泣きボクロが印象的だった。顔以外はほとんど金糸の刺繍(ししゅう)を施した純白のローブに包まれているが、その体は結構グラマーだ。


「バチカンはイ・ウーを必要悪として許容しておりました。高い戦力を有するイ・ウーがどの組織と同盟するか最後まで沈黙を守り続けた事で、誰もが『イ・ウーの加勢を得た敵』を恐れてお互い手出しができず……結果として、長きに渡る休戦を実現できたのです。その尊い平和を、保ちたいとは思いませんか。私はバチカンが戦乱を望まぬことを伝えに、今夜、ここへ参ったのです。平和の体験に学び、皆さんの英知を以て和平を成し、無益な争いを避ける事は――」


「――できるワケねェだろ、メーヤ。この偽善者が」


メーヤと呼ばれたシスターのそんな言葉に割り込みをかけたのは、黒のローブにトンガリ帽子の右目に眼帯をしたおかっぱ頭の見るからに魔女な少女だった。


「おめェら、ちっとも休戦してなかったろーが。デュッセルドルフじゃアタシの使い魔を襲いやがったくせに。平和だァ? どの口がほざきやがる」


「黙りなさいカツェ=グラッセ。汚らわしい不快害虫。お前たち魔性の者共は別です。存在そのものが地上の害悪。殲滅し、絶滅させることに何の躊躇いもありません。生存させておく理由が旧約(アンティコ)・新約(ヌオヴオ)・外典(アポクリファ)含めて聖書(ビビア)のどこにも見あたりません。しかるべき祭日に聖火で黒焼きにし、屍を8つに折り、それを別々の川に流す予定を立ててやってるのですから――ありがとうと言いなさい、ありがとうと。ほら、言いなさい! ありがとうと! ありがとうと!」


カツェ=グラッセと呼んだ魔女の反論に、急に人が変わったようになったメーヤは、物凄い剣幕で言い寄って、カツェのその首を絞めた。シスター……なんだよな……。


「ぎゃははは! おゥよ戦争だ! 待ちに待ったお前ら(バチカン)との戦争だぜー! こんな絶好のチャンス、逃せるかってんだ! なぁヒルダ!」


しかし首を絞められ吊り上げられてるカツェは、それをものともしない笑いで揚々と語り、今度は先程オレ達に話しかけてきたコウモリ女に話しかけた。


「そうねぇ。私も戦争、大好きよ。いい血が飲み放題になるし」


「ヒルダ……1度首を落としてやったのに、あなたもしぶとい女ですね」


ヒルダと呼ばれた女がカツェに対してそう返すと、またもメーヤがそんな物騒なことを言い出すので、オレもキンジも呆れてしまう。


「――首を落としたぐらいで竜悴公姫(ドラキュリア)が死ぬとでも? 相変わらずバチカンはおめでたいわね。お父様が話して下さった何百年も昔の様子と、何も変わらない」


敵意むき出しのメーヤに対して、ほほほっ、と指を口にあてがい笑いながらに語るヒルダ。
そのヒルダを改めてよく見たオレは、腿までの丈のドレスと、その下に履くニーソックスの間の絶対領域から見える素肌に、白いイレズミのような模様を発見。それに見覚えがある。あれはブラドの弱点に刻まれていた模様と同じものだ。ということは、あの女も吸血鬼か。しかもさっきの発言からして、ブラドの娘の可能性がある。吸血鬼って子孫を作れるんだな。


「和平、と仰いましたが――メーヤさん?」


ヒルダに続いて声を発したのは、藍幇の大使のメガネ男。男はこの場の空気などものともしない笑顔で淡々と語り出す。


「それは、非現実的というものでしょう。元々我々には長江(チャンジャン)のように永きに亙(わた)り、黄河(ホァンホー)のように入り組んだ因縁や同盟の誼(よし)みがあったのですから。ねぇ」


そう話す藍幇の大使は、プロペラに腰掛けていたレキを見るが、レキは動かない。


「――私も、できれば戦いたくはない」


そんな思い思いの言葉を聞いたジャンヌが、また一同を見回しつつ話を進める。


「しかし、いつかこの時が来る事は前から分かっていた事だ。シャーロックの薨去(こうきょ)と共にイ・ウーが崩壊し、我々が再び乱戦に陥ることはな。だからこの宣戦会議の開催も、彼の存命中から取り決めされていた。大使達よ。我々は戦いを避けられない。我々は、そういう風にできているのだ」


ジャンヌの言葉により、皆がその運命を受け入れたような表情を浮かべると、話はいよいよ本題へ。今までのは前戯。大使同士がじゃれ合ったに過ぎない。そういうことらしい。



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